No.1 / Vol.2 「one per」

 私にとって、その日は、特別な日でした。
 ほぼ月に一度、人気のある輸入玩具が納入される日とあって、店の方としても特別な日だったのですが、それ以外にも、私には特別な意味があったのです。

「これねぇ、どうも船のコンテナの中であばれたらしくって、ちょっとカド打っちゃってるんですよ」
「ちょっと中開けて、調べてみましょうか」
 私の言葉に軽くうなづくと、ツネさんはズボンの後ろポケットから少し大き目の小刀を取り出し、慣れた手付きで、搬入したばかりの段ボール箱を開封した。中には新製品のSPAWN・シリーズ13が、互い違いに重ねられて2列、きっちり収まっている。
 SPAWNのシリーズは、1アイテムにつき都合3回入荷する。ひとつはエポック社の正規輸入品、以前は代理店でもあったレッズの並行もの、そしてもう一つが、この『ツネさん』と呼ばれる輸入業者が独自に仕入れているという、少しフライングに近い工場からの直送品だ。入荷が早い上に、何より安い。最近では引く手あまたとあってか、入荷数が少ないのが難点なのだが。

<今度のも、すごくグロい。
 一番上に積まれた2個を、ツネさんは重なったまま取り出して見せた。MEDUSAというヘビ女の、リアルなフィギュアだ。テレビでやっていた映画を、少しだけ見たことがある。いま風にアレンジしてあるのか、気持ち悪さはその時の比ではない。
「ほら、ここね。紙が、折れちゃってる」
「あぁ、そうですね。でも、大丈夫でしょう、これぐらいなら」
「そうですか?でもほら、あれでしょう?前にうちの社の者にも聞いたんだけど、こういうの、うるさく言って来るやつ、いるんでしょう?」
「確かに、そういうお客さんもいますけど。うちの店に来るような人は、そんなにマニアックじゃないから」
「あぁ、それそれ。マニア、マニアね」
 ツネさんはもう片側の列の上2個を、やはり同じように取り出して、しげしげと見入っている。
「こっちは何とも無いみたいだなぁ」
「あぁ、ほんとに、大丈夫ですよ。ほら、こういうのって、セットにして、ビニールでまとめて売っちゃいますから。こうして台紙が重なるようにすれば、分からないでしょ?」
 私は両手に持った2個のMEDUSAのパッケージを、ちょうど並べるようにして重ねて見せた。こうして台紙の折れた部分を隠すように重ねれば、確かに一見、損傷は分からない。
「ほんっとだ。賢いね」
 そう言って、ツネさんはほんの少しだけ、ニヤリとした。
 ツネさんは、ほとんど笑顔を見せることがない。それが、普段出入りしている業者の人たちとは、決定的に違うところだ。そして、私が惹かれているのも、そんなところなのかもしれない。
<そういえば、どことなく、父に似ている。
 私がまだ幼いころの事故で仕事が出来なくなり、いつも塞ぎがちだった父が、時折見せてくれた笑顔に似ている。
 今では仕事にも復帰して、「早く嫁に行け」とか小言も増えるほど明るくなったけれど、今でも私にとって父のイメージは、あの頃のおし黙った父の姿だ。
<ツネさんは、何歳なんだろう?

「じゃあ、これとこっちで2箱、伝票切っちゃっていいですか」
「・・・あぁ、そうですね、お願いします」
 目と目が合ったことに急に恥ずかしくなって、私は意味もなく、段ボール箱に入っていた商品をすべて外に出してしまっていた。
「あぁ、そうなんだ・・・」
「どうしました?」伝票を書く手を止めて、ツネさんが聞いてくる。
「いえ、この、厚手のパッケージのが1個ずつしか入ってなくて。全部で6種類で12個入りだから、2個ずつ入ってると2セットにできたのになぁ、と思って」
「え?そりゃ変だなぁ」
「でもこういうの、珍しくないですから。こないだも、同じものが4個ずつ入ってたりしてましたから。それは、セットでは売らなかったですけど」
「ちょっと、電話借ります。社の者に、訊いてみますんで」
 そう言うと、ツネさんはレジの方に向かおうとした。そして、ふと立ち止まって、私にさっき使った小刀を手渡した。
「こっちの箱も、見ておいてもらえますか」
 ツネさんの視線の先には、まだ開けていない同じSPAWNの段ボール箱があった。

 私は、小刀の木製の鞘を外してみる。家にも、これと同じような小刀があったはずだ。ただ、それはもう二まわりほど小さかったと思う。昔は鉛筆を削る時に使っていたと、聞いたことがある。
 鈍く光る鋼の刃を見たとたん、私はその鉄の重みを感じた。いざ使ってみると、それがいつも使っているカッターよりも、数段切れ味が鋭いことを知った。ぶ厚い段ボールが、まるで折り紙のようにさっくりと切れた。
 そして、開いた箱の中に、奇妙な黄色い紙包みが入っているのを私は見つけた。それは、ちょうどブリスターパック1個分を取り除かれた隙間に、ぴったりと収まっている。ただ、普段は見なれなくても、私にはそれが何であるか見当がついた。よく、テレビの刑事ものとかで見るやつだ。ただそれと、いま目の前にあるこれとが、頭の中でどうしても結びつかなくて、私は思わずその包みを開いてしまっていた。
 ・・・間違いなく、それは拳銃だ。
 店にはモデルガンのコーナーもある。私も少しなら、その種類や名前が分かる。でも、眼前に見るそれは、ディスプレイされているモデルガンよりも、いま私が手にしている小刀の方に似ているように思えた。

 その時、刺すような視線を感じて、私はびくんと立ち上がり後ろを振り返った。いつのまにか私の背後にツネさんが立っていた。
 厳しい、目をしていた。それが私には、なぜかとても痛々しく思えた。
「出直して来ます・・・」
 言葉を返せずにいる私をよそに、ツネさんは包みの入った段ボール箱に再び封をすると、それをしっかり抱き上げた。そして今度は、私の胸元に向かって、小さく呟いた。
「・・・理沙さん」

 来月、ツネさんは店に現われないかもしれない。でもそうしたら、私の気持ちは、ずっと宙ぶらりんのままだ。
<どうして、あの人は、私の名前を知っていたのか。
 だから私は、毎日あの小刀を持ち歩いています。
 セットに出来ずに単品で並べたMEDUSAは、いまだに売れずに店先に残っています。

[この物語はフィクションです]


Mcfarlane Toys / SPAWN 13th (Curse of the Spawn)


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