No.3 / Vol.5 「open your heart」

「ねぇ、これって、ぜったい忘れられてるよね?」

<確かに、遅い。あたしのマンゴーパフェ。
 輝美の頼んだ『期間限定メニュー/唐辛子フルーツあんみつ』はとっくの昔に配られて、百年前からのお約束のように輝美はあたしに何の遠慮もなくそれにハシをつけ、アマいのカラいの交互にさんざん不満をこぼしながら、結局最後に残ったまるごと唐辛子までキレイにたいらげて、今ではつまらなそうにグラスのお水をチビチビ飲んでいる。あたしもしょうがないからチビチビお水だけでこの時間を耐え抜いて来たわけだけど、せめてお水のお代わりぐらいは欲しいわよねぇって思ってからもうかれこれ30分は経っているはずだ、あたしの体内時計では。
 イベント終了後のお台場のファミレスは、大みそかのジョナサン明治神宮前店と同じくらいの混みようで、しかも客はほとんどが団体ばっかだから、とにかくやたらと騒がしい。あっちゃこっちゃで撮影会や名刺交換会があったりと、団体同志の交流も激しいし、あたしたちのいる奥のテーブル席は完全に死角に入ってるのかもしんない。店員の姿を、もう何時間も見てない気がする。くどいようだけど、あたしの体内時計では。
「あーでも伝票来てないってことは、やっぱ『待ち』なのかな」
「あぁ、あたしのマンゴー」
 言ってから、あたしは自分が口にした言葉のヒワイさに赤面する。周りにはおそらくエッチ系の野郎どもだって群れてるのだ。
<あ、なんか向いのテーブルのヤツらってイカニモな雰囲気もあり。なんかさっきからこっち見てる気がしないでもないし。ぎゃー。あたしをあんたらと一緒にするなー。うっきー。
 と、思っていたのもつかの間、あたしの耳もとをするりと抜けて、どっかで見た覚えのある鶴田真由似の美少女が輝美にアイサツしていった。なるほど、こっちか。
「さっき『さくら』やってた子だ。知り合い?」
「あの子ねぇ、『びらん』ちゃんって言うの」
「・・・『びらん』ってあんた、それっていいの、ほんとに?」
「えー、なんでダメなの?カワイイじゃん」
「だってさぁ、その、ちょっと粘膜っぽいっていうか・・・」
「何?ネンマクって?」
<さっきから、なんかヒジョーにレアな単語クチにしてる気がする。こいつ看護学校でなに勉強してたんだ?
「マヤって、もうコスプレやんないの?」
「・・・いつの話をシテマスカ?」
「あ、そうだ、忘れないうちに、これ渡しとくね」
 と、あたしは輝美から包みを受け取った。
<って、忘れてたんじゃん、今の今まで。あたしはずっとソレを待ってたんだよう。どーでもいいけど『ワイズ』で何買ってんのよ?

 中から出て来たのは首なし女体人形。っていうとヤバめな感じだけど、あたしたち『人形者』の間では日常的に扱われているものだ。ただ一つ日常的でないのは、それが透け透けのスケルトン仕様だってこと。

「ほんとだ、ボークスのやつじゃないね。こないだ秋葉原行って見て来たんだけどさぁ、もっと透けてたし。っていうか、カタチがね」
「でしょ?うちで比べたらほとんど同じだったから、たぶんジェニーなんじゃないかと思うんだけど、指のカタチとかがちょっと違うんだよね。」
「ううん、おととしのモデルは、みんなコレだから。でも、タカラの刻印入ってないしなぁ。ニセモノかなぁ。山ノ内くん、これどこで買ったって?」
「やっぱあそこだって、笹塚の。なんか今の店長、あんまし詳しくない人だからよく分からないらしいけど」
「前の店長だったら、キャッスルのゴミ捨て場から拾って来てもおかしくないけどね。で、いくらだって?」
「5000円」
 ちょっと高いな、と思った。たぶん試作品とかならもっと高い値段で取り引きされてるし、実際、イレギュラーに流出した植毛前の貴更アタマ(ちなみに購入した)とか『宇宙人』と噂になった緑色のボディは5ケタの値段で取り引きされていたけど、なにしろコレには顔がないし、透け具合もハンパで、とにかくあんましキレイじゃない。あたしたちは、何よりキレイでなきゃ人形とは認めないのだ、だから。
「あ、そうそう、さっき山ノ内君から聞いたんだけどね、『踊る』のフィギュア出るみたいよ」
「へぇ、やっと出るんだ。どこから?」
「え、知らない。なんか山ノ内君の友達が、原型やってるって話」
「それってガセじゃないの?だってさぁ、あいつ前にも『古畑』の人形出るとかって言ってなかったっけ?」
「あぁ、あれはねぇ、ワンフェスで売ったんだって。『襟足の長い男』とか言って」
「それってアレでしょ?売ってないやつじゃないの?」
「ううん、ちゃんと売ったって。その、ワンフェスで」
<あ、なんか微妙に分かってないや。
「ワンフェスかぁ。あたし、行ったことないしなー」
「えー、面白いよ。けっこうドール系も増えてるみたいだし。今度行ってみる?」
「やめとく。なんか、庸平とダブりそうだから」
「マヤとガンダム君て、付き合ってるんじゃないの?」
「うーん、どうだろう・・・」
<なんて答えにくい質問を投げ掛けて来るんだろう、こいつは?
 けど、確かにそれってウヤムヤにしてる事ではある。庸平のことをあたしは嫌いじゃないけど、庸平があたしをどう思ってるのか、あたしは知らない。具体的にキスしたりセックスしたりはあっても、例えばあたしたちは一度も手をつないで歩いたりしたことはない。って、そんな些末なことを気にしたりしてるのも、なんだかだけど。
 庸平のことを考えると、だからあたしはすごく不機嫌になる。だからあたしはガンダムって大嫌いだ。
「でも、同棲してるんだよね?こないだ電話した時、ガンダム君ちに居たじゃん」
「してないよ。するわけないじゃん。たまにあいつんち行って、編集とかデザインとかやってるだけ。あいつんち、G3あるしさ」
「白いガンダム?」
<うわぁ、オタクらしいマジボケ。どーでもいいけど、どうしてこうも会話がすれ違うかなぁ?
「マックのさぁ、早いやつ。うちにあるのじゃ遅いし、うちスキャナーないし」
「あたしもマック買おうかなぁ」
「買いなよ、マック。安いから」
「ねぇ、アイマックとマックって、どこが違うの?」
 あたしはスティーブ・ジョブズの生い立ちから語ってやろうかと思ったが、やめた。庸平の受け売りだし。
「輝美の彼氏も、確かデザインやってる人だよね?マックとか使ってないの?」
「えー、分かんない。使ってないんじゃないかなぁ。こないだちょっと見せてもらったけど、色紙みたいなの使ってたよ。バスのね、なんか模様のデザインだって」
「ふーん。・・・うまくいってんだ?」
「でも、一緒には住んでないよ」
<だからドーセイはしとらんちゅーに。だいたい親元から離れられんだろうが、今の給料じゃ、お互い。
「それはそうと、おカネ、輝美に払えばいいの?」
「あ、どうだろう?あたし山ノ内君から貰っちゃったから」
「だって5000円だよ」
「いいんじゃない?何も言ってなかったから。貰っちゃえば?」
<きっとこうやって、色んな野郎どもから貢がせてるんだな、こいつは。
 ハッキリ言って輝美はカワイイ。そして、カワイイ子はオタクの世界では特に優遇される。だから、たとえやってる事が超つまんないゲーパロであっても、それなりな評価と立場を獲得できる。ましてコスプレでもやった日には、蝶よ花よの大騒ぎだ。
<なんだかんだ言って、何の前向きな姿勢も無いこいつが、5年もオタクやってこれた理由は、このへんなんだ、きっと。

「マヤってさぁ・・・」
<何だ?話の流れと違うよ。
「すごいこと考えてるね」
「え・・・どういうこと?」
「あたしね、実は、身に付いちゃったんだよね、超能力」

 急にドキドキした。
 たぶん、それはテレパシーってやつだ。頭の中を、覗く力のことだ。むかし近所の駄菓子屋でリリアンの糸を万引きしようとして店のおばあちゃんに『見てるよ』って言われた時と同じくらいの恐怖が、再びあたしを襲った。
<あたしは今、何を考えていた?輝美の悪口、何回思った?
 そして、どう言い訳しようかって考えてることだって、結局みんなバレちゃってるんだってことに気付いたら、もうあたしはその場にいられなかった。何も言わずに席を立ち、駐車場へ走った。
<途中で何人もの人にぶつかったりしたけど、かまうもんか、どうせオタクだ。店の支払いはワリカンにするはずだけど、それももういい。だってもう輝美に会うことないし。怖くて会えないし。超能力があるならあるで、前もって話してくれれば良かったじゃん。でも、前もって話してくれたからって、じゃああたしは輝美に会うことができたかっていうと、自信はない。超能力者と付き合う方法なんて、誰に聞けばいい?っていうか、超能力者の友達なんてあたしはいらない。だから、もう輝美には会わないんだ。

 そしたら、後ろから足音が走って来た。たぶん、輝美だ。あたしは思わず耳をふさいだ。そうすることで、どうなるものでもないけど。
「マヤ!」
「・・・やめてよ。来ないでよ。・・・ズルいよ」
「ごめん!今の、嘘だから!」
<え?
 しっかり声は聞こえてたあたしが振り返ると、輝美はちょっと泣いてるみたいだ。
「ごめん。本当に、嘘だから・・・。本気にすると思わなかったから・・・。こんなことで、けんかしたくないよ。だって、あたしの友達、マヤしかいないんだよ。話できるの、夜中に電話かけられるの、マヤしかいないんだよ・・・」

<あぁ、違うね、嘘だ。輝美はやっぱり超能力者だ。
<だって、今の言葉は、あたしの台詞だもの。
<あたしの友達は、輝美しかいないんだ。あたしのケータイが鳴るのは、輝美からの電話だけなんだ。なんにも言えないあたしと、なんでも言ってくれる輝美だから、今までやって来れたんだ。こんなことでさびしくなるのはイヤだ。あたしがすっごくイヤなんだ。

 あたしは輝美が手にしていた透明ドールを受け取った。
「やっぱ、おカネ払うから」
「・・・マンゴーパフェの分、払わなくていいって」
<やっぱり、微妙に分かってないや。

 あたしたちがその後ドライブに出かけたのは、お台場に吹く風に混じった潮の匂いが、とても気持ち良かったからだ。
 こんなことで仲直りできちゃうから、あたしたちは、親友やってんだ。

[この物語はフィクションです]


no brand / skelton girl's body


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