No.5 / Vol.10 「正義の味方」

「うわぁー、これ、何ですかねぇ」
「何って、見りゃわかるだろ。オモチャだよ」
「いや、この、量がですよ」

 私はその日、島崎巡査と共に、関東近県でおよそ200件の窃盗を繰り返していた岡本貴之(31歳)の家宅捜索の任を受け、その潜伏先の一つであった大田区の雑居ビルの一室にいた。
 島崎が『量』と言ったのは、ある意味間違ってはいない。およそ80平米ほどの広い室内は、色とりどりの玩具パッケージがこれ以上無いほどに『雑然と』積み上げられ、そのモザイクの巨大な塊によって埋め尽くされていた。その各々はきれいな箱であるにも関わらず、そこには直線や平面というものが、まるで存在しないような有り様だった。
「これが全部盗品なんですかね?」
「盗んだものか、盗んだものを売り払って買ったものか・・・どっちにしろ、真っ当な人間のものでない限り、真っ当なものじゃないだろ」
「そうっすねぇ。はぁ、どっから手を付けりゃいいんだ?」
 と、島崎が入り口近くに積まれたプラモデルの箱に手をかけた途端、そのすぐ脇にあった、より大きな箱の塊が一気に崩れた。
 島崎は唖然として、腰が引けた状態で硬直している。
「今の、オレのせいっすか?」
「違うのか?」
 私はゆっくりと室内へ足を進めた。潜伏していた以上、足の踏み場も無いように見えて、実際は当人にしか分からない『道』はあるはずだ。かろうじて足がひとつ入る隙間を見つけ、それを辿って行くと、おそらくこの空間で唯一人間の生活臭のある窓際の小さなスペースに着いた。1メートルほどの高さのサイドボードに、買いだめしてあったらしいカップラーメンやスナック菓子の袋が見える。その上には、2台のノート型パソコンが置かれていた。
「はうっ!」
 珍妙な声と共に再び塊が崩れる音がして、振り返るとドミノ倒しのようにいくつかの塊が列をなして崩れようとしていた。ぎこちない体勢の身体すべてを使って、島崎がそれを支えている。
「何やってんだ、こんなもんでも、大事な物証なんだぞ。慎重に扱え」
「す、すいません・・・大事なのは、分かってるんですけど」
 身をよじってなんとか塊のバランスをとると、今度はかなり真剣な面持ちで、島崎は私のいるスペースに歩み寄った。手には、ロボット玩具の箱を一つ手にしている。
「これねぇ、ちょうど欲しかったんすよ。『ライブロボ』、知ってます?」
「何持ってんだ、おまえ?」
「いや、ちょっと・・・」
「いいか、おまえが手にしてるのは重要な証拠物件で、俺たちはこれからこいつらを1個1個整理して裏をとって報告書にまとめなきゃならない。そうしてるうちにも、デスクには被害届がどんどん積み上げられて行ってる。署に帰ってこんな状況になってたら、責任とってくれるのか、おまえ?」
「すいませんでした」手近な塊の上に、島崎はその箱を置いた。
「ここにあるのは、誰のものでもない。ただの、汚れたモノだ。そんなものを気安く触るな」

 本来、島崎は交番勤務の身であるが、この事件の特殊性から、盗犯課への応援を要請されている。課長に言わせれば、その筋の知識と経験が豊富とのことだが、要するに『蛇の道はヘビ』ということだろう。
 実際に、貴金属や武器・麻薬といったブローカーや闇ルートがまがりなりにも存在するものと違い、玩具というものがどういう流通で裏取引されるものか皆目見当もつかない状況だったのに対して、島崎が参加してからの進展はめざましいものがあった。アシの着きやすい国内での市場を嫌って、インターネット上のオークションで盗品のほとんどを海外へと流出させていたことを突き止めたのも彼の功績だ。
<ただ、逆に言えば、こいつも蛇ってことだ。
 最近の若い連中にありがちな、公僕としての自覚に欠けた態度。現場での場数を踏めば変わるのかもしれないが、それでも自分の15年前を思うと、世代が変わったことを認めざるを得ない。正義感を叩き込むつもりはないが、一歩間違えば蛇はいつか蛇の道に堕ちる、そういう危うさはある。

 すると、ふいに見覚えのあるものが私の目に入った。
<『ロボコン』・・・か?
 そうだ。私もこれと同じものを昔持っていた。一人で観に行った映画館の売店でたまらなく欲しくなり、帰宅してその話をすると、次の日、お袋がわざわざその映画館まで行って買って来てくれたのだ。近所の玩具店にも同じものがあったろうに、お袋はきっと私の『思い』を連れ帰って来たかったのだ。
「新宮さんって、そのへんの世代っすか?それ、復刻版のやつです。そのへんのオモチャ屋で、いま売ってるんすよ」
 島崎は私の視線に気付いたのか、そう説明した。
「オレ気付いたんすけど、ここにあるオモチャ、年代順に並んでますよ。あぁ、並んじゃいませんけど。たぶん、ここらへんが一番最近なんじゃないかな、ほら」
 そう言うと、島崎は一つの箱を取り上げた。そこには『ロボコン』と書いてあるが、私の知っているロボコンとは、少し違う。
「コレが今やってるロボコン。違い、分かります?」

 調査を始めて、2時間が経過した。
 背広を脱いだところで、吹き出してくる汗は変わらなかった。何しろ、先程の生活スペースにあった窓だけしか開いていない。他の窓は、玩具の塊で遮られている。春先で外はまだ肌寒いというのに、部屋の奥へ進めば進むほど、暑さと息苦しさが増して来る。
「こないだも本庁が検挙したじゃないすか、あの、香港からオモチャに混ぜて拳銃密輸してたってやつ。あれもすごい量だったって聞いてますけど、これとどっちがすごいんでしょうねぇ。でもちょっと違いますよね。あっちは探せば拳銃が出て来たわけだし。こっちはもう隅から隅までオモチャばっかだもんなぁ・・・あれ?」
「どうした?」
 私は手を止めて島崎の方を見た。だが、玩具に遮られてその姿を見ることはできない。
「いや、こないだ突き止めたじゃないですか、ネットオークションの件?そこで出てたのと、同じものがあるんですよ」
「金だけ受け取って、品物は送らなかった。違うか?」
「確かに岡本は複数のアドレスを使って取引してました。けど、そのどれも信用できる人物としてオークションでは高いポイントを付けてたんす。それがここにあるってことは、買い戻したってことかなぁ?」
「自分で売ったものを、更に高い値段で買い戻す・・・そんな馬鹿な真似をする必要がどこにある?」
「そうっすよね・・・あぁ、今度、取り調べ、一緒にやらせて下さい」
「・・・・・」
 島崎の声は耳に入っていたが、答えなかった。私は部屋の最も奥まったところに発見した、古い衣装ケースの中に見入っていた。
 この雑然とした塊が年代順に並んでいるとするなら、たぶんここが最も古い場所だ。そして私にとって、そこはようやく見つけた安息の場所のような気がした。
「・・・新宮さん、どうしたんすか?大丈夫すか?」島崎が心配して近付いてきた。
「新宮さん、それ、なに持ってんすか・・・?」
 私の手には、ロボコンがあった。衣装ケースの中で見つけたものだ。赤い塗装が剥げ落ち、頭のアンテナは紛失している。それでも私の記憶の中にある、あの日、母が買って来てくれたそれと、これは同じものだった。どうしてそれがいつの間にか消えてしまっていたのか。誰かが、私のところから奪っていったのか。あれほど大事にしていたものを、自分の手で捨てたはずはない。だが現実にはそれは私の元を去り、その行方を知るべき母も父も、この世にはもう居ない。
 だから、私はそれが無性に欲しくなった。あやふやになった幼い記憶を、取り返したかった。
「黙っとけ」
 私はそう釘をさすと、そのロボコンを脱いだ背広のポケットにしまおうとした。
「ちょっと待ってよ。ヤバイっすよ、それ。さっきアンタ、オレにそう言ったじゃないすか」
<職務と本能は違うものだ。
 私は自分の中で、そう呟いていた。誰かに聞かされた言葉のような気もするが、これは確かに自分の中から生じた真実だ。そして私はまた、自分の15年前の姿を思い出してもいた。おそらく当時の自分ならば、島崎の立場で同じ台詞を吐いたことだろう。
「黙っていれば、お前も刑事になれる」
「そういう問題っすか?警官はダメで、刑事ならオッケーってことっすか?」
 多分、その通りだ。警官の正義と、刑事の正義は違う。その正義には、限度と許容範囲の差があることを、島崎はまだ知らないだけだ。こうした証拠品として扱われた多くの盗品が、決して持ち主の元へ戻ることがないと知る頃、おそらくこの若い警官はそれを悟るだろう。
 それが時に犯罪者の正義に重なることがあるということも。
「それに、これは、汚いものじゃない」
 自分の思いに続けて私はそう言うと、私はロボコンの背中を島崎に向けて見せた。
 そこにはマジックで、「たかゆき」と書かれていた。

[この物語はフィクションです]


BANDAI / ROBOCON replica


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