No.6 / Vol.5 「君の名は」

「『理想のタイプ』なんて、フツー存在しないじゃん、な?」

 その日、オレは特に興奮していた。
 とにかくその興奮を誰かに伝えたかったから、わざわざ高円寺から、阿佐ヶ谷に住んでる山ノ内って友達のイラストレーターの家まで走って行ったのだ。後で考えれば、別に電話で伝えても良かったわけだが、オレ的にはヒートアップした自分の興奮を冷ますためにアルコールも入れたかったし。走ってったことで途中で買った缶ビールまでも見事にビートアップしてたのは失敗だったが、まぁとにかく、それぐらいメチャクチャ興奮してたってことだ。

「何だよう、例の『踊る〜』のパッケージのことじゃないわけ?」
「そんなの、この際だからどーでもいいんだよ」
「ホビーショーにはパッケージも展示するんじゃなかったっけか?1日でやってとか言われても、オレ無理だぜえ」
「いや、そのへんは塚野さんに聞いとくからさ。まぁちょっと聞けやオレの話。ビールもあるしよう」
「酒はいいよ。オレ仕事してっから、勝手に喋ってろよ。いっつも忙しい時に来んだからなあ」・・・

「まず、『理想のタイプなんて存在しない』ってとこがポイントなわけよ。フツー、芸能人とかで例えんじゃん?藤原紀香とか、松嶋菜々子とかさ。でもあれってな、ちこっと違うと思うだろ?例えば現実に藤原紀香とオトモダチになったとしてもさ、いや仮にだよ、仮にそうなったとしても、それは藤原紀香であって、オレの理想ではないわけだよ」
「ちょい待てよ。おまえの理想は藤原紀香なんだろ?」
「いや、それもあるけどさ、現実には違うんだよ。例えば、目は藤原紀香が良いんだけど、口は松嶋菜々子が良いとか、髪型は本上まなみとか、そーゆーカスタマイズされた理想像ってあると思うんだよ」
「あの、『いいとも』でやってるようなヤツな」
「違うけど、まぁそーゆーの。でもな、そーゆーのって、居ないわけじゃん、現実には。藤原紀香は居るけど、輪郭がヒロスエでとかって居ないじゃん?」
「居たら気持ちワルいんじゃないか、それ?・・・そんで、それが居たんだ?」
「そう!そうなのよ、なんですのよケンちゃん、ずばりそれ。居たんだなぁ、それが。あくまでオレのね、オレ専用ってゆーかね。そういえば、PGのシャアザクってちょっと伸びるらしいぞ。まぁ、それはいいとして。居たんだな、これが・・・今日アキバ行ったんだよ、糸ハンダ買いに。5時ごろ。アキバって6時に全部店閉まんじゃん、だからけっこう焦ってさ。あと、チョロっと海洋堂とか回って、んで東京駅から快速乗ろうと思って行ったら、居たんだよ、オレ専用のが。一人でぽつん、とな。いや、ちょっとドキっとしたね、さすがに。オレの頭の中でモヤモヤしてたイメージが、実体化してそこにあったわけよ」

 オレは1本目のビールを飲み干して、2本目に早くも突入した。

「オレってさぁ、ちょっと暗い感じのコが好みなわけよ。こう、クラスに居てもあんまし目立たないような。人気投票やったら、下から数えた方が早いんだけど、けっこう根強い支持を受けてるっていうかさ。なんとなく分かるだろ?ほら、油絵に相田小百合って居たじゃん?」
「おうおう。おまえ、あーゆーのが良いのか?」
「うん、まぁ、割とな。割と。そんで、まぁ近いかな感じは。背はちょっと高めで、色白で茶髪入ってる持田香織みたいな感じで、顔はどっちかって言うと深津絵里系?みたいで、目とかは微妙にタレててちょい安西ひろこ似で、でも全体的には地味系で、『ピンクの電話』の清水美子にも見えるってゆーか」
「ちょい待ち、藤原紀香はどこに入ってんの?」
「いや、さっきのはあくまでも例えの話だよバカ。今のがホンネ。そんで、ここが重要なんだけど、チラっとさ、歯が見えるわけよ。前歯がちょっとだけ出てて、いわゆるゲッシ系?みたいな。オレ、リスとかそーゆーの好きじゃん?好きなんだよ、リスがよ。これがポイントで、これでクラっと来ちゃってさ。笑うとちょっとだけ先に見えます、みたいな。これだったんだよ、ほんとに。純名里沙の歯でも良かったんだけど、クドすぎんじゃん?あーゆーのも。だから、ちょうどイイ感じなわけよ。まさに理想像なんだよ。あーでも、なんか名前は『リサ』って感じだったな。なんか、イメージな。多分、サの字は『シャ』だな。ニンベンに少ないの『シャ』。おい、聞いてるか?」
「聞いてるよ。つーか、名前分からなかったんか?声、かけたんか?」
「かけられるわけねーじゃんよ。オレ自慢じゃないけど、小心者だよ。内気な恥ずかしがり屋さんよ。小学校の通知表にも『積極性に欠ける』って書かれてたぐらいだよ。声、かけられるわけねーじゃん。ナンパとかってやったことないしさ」
「じゃあ、ダメじゃん」
「そんでさ、コレを使おうと思ったわけよ」
 と、オレは襖に立て掛けてあった自分のメッセンジャーバッグを取り、それに付けたマスコットを差し出した。
「うそ、マジ?」
「しょーがねーじゃん。これしか思い付かなかったんだよ」

 それは、トミーから発売された「ルミメッセージ」ってオモチャなのだ。
 よくレンタルビデオ屋とか場末のスナックの看板なんかにも使われてる、赤い発光ダイオードが並んだいわゆる「電光掲示板」のミニチュアみたいなもんで、自分の好きなメッセージを入力して、カバンとかにぶら下げておける。振動センサーで、揺れたら起動するとか、意外にも凝った作りだ。
 オレは自慢じゃないが、フリーのモデラーという職業に就いていて、ホビージャパンとかで何度も作例記事を書いたりしている。だから、こういうちょっと目に付くモノがあると、『何かに使えるんじゃないか?』と思って、ついつい買ってしまうのだ。この日も秋葉原の『グッドマン』でコレを見つけて、たまたま買ってたわけ。ほんとに、たまたまな。

「オレは慌てたね。とにかく電車来ちゃったから、その子と同じ列から乗ってさ。連休で人少なかったから、運良くその子の目の前に座れたんだけど、もう目近に見るとマジカワイイわけよ。もう、『なんでキミはここにいるの』と説教したくなるくらいカワイイわけよ。ただ、あんまジロジロ見てっと変に思われるかもしれんから、なるべくこう、そ知らぬフリしてな。チロっ、チロっとな。そんでさ、しばらくしたら、その子寝ちゃってさ。これがまた、寝顔もいいわけだよ。ちょい口が半開きで、歯が見える。歯だよ。堪えられんよ」
「それはもう分かったから。で、それ、どう使ったんだよ?」
「とにかく、今のオレの気持ちを、簡潔なメッセージで伝えねばならんわけだよ。これさ、カタカナだけだからさ。MDのタイトルみたいにして入力すんだよ。順ぐり順ぐり、アイウエオ・・・って。面倒くせえんだよ。で、考えたよ色々とな。『キミガスキ』とかさ。でも、いきなりそれを書いちゃマズいだろ。もしかしたら、性格悪いかもしれんし、そのへんは付き合ってみて初めて分かることだろ。だから『愛してる』とか『I LOVE YOU』とかってのも却下して、『トモダチニナッテ』ってのも考えたんだけど、それって何か悲しいじゃん、世界に向けて『ぼくトモダチがいません』って叫んでるみたいでさ。でも『ハジメマシテ』とか『コンニチワ』じゃバカだろ、当り前すぎて」

 2本目のビールも、もう空になった。本当は3本目からは山ノ内の分なのだが、話してるうちにますますヒートアップしてきたオレは、迷わずそれに手をつけた。

「そうこうしてるうちに新宿過ぎて、人ドカドカ乗って来てさ。オレの座ってるところから、見えにくくなってよ。こう、ソワソワしてたら、向こうもいつのまにか目を覚してて、なんかソワソワしてるわけよ。やべー中野で降りんじゃねーのって、オレけっこう慌ててさ、そん時にピンと来たのがあったわけよ。『君の名は?』ってやつ。とにかく、オレとしては、いま目の前にいる彼女がナニモノであるかがまず一番に知りたいことなわけじゃん。もう、これしかないって感じだったね。おまけに『キ』の字を除けば、あとは『ナ・ハ・マ』行だから、入力しやすいわけよ。オレの頭脳がさ、もう、そんなとこまで回転してるわけよ。そんでガーッと入力して、その子の目の前に立ってさ、おもむろにそれ見せたんだよ。意を決してさ・・・」
「反応あったんか?」
「なんかキョトンとしててな。そりゃ確かにそんなオモチャいきなり見せられたら、普通は変に思うかもしれんけど。そうこうしてるうちに中野に着いて。そしたら、なんかオレに『イヤイヤ』って首振って見せてさ。中野で降りちゃったんだよ」
「結局、フラれてんじゃん」
 山ノ内は仕事の手を休めて、ようやくオレの方を向いた。
「いや、それがな・・・」
 と、オレはスイッチを入れて、入力したメッセージを山ノ内に読ませた。
「キ・・ミ・・ノ・・ナ・・ノ・・?あれ、『ハ』じゃなくて『ノ』になってんぞ」
「・・・そうなんだよ。入力する時に、ボタン1個押す数が足りなかったんだな。『ハ』の前って『ノ』じゃん?それに、なんかカタチが似てんじゃん、『ノ』と『ハ』ってな」
「ああ、じゃあ『君のですか?』って聞かれたと思ったんだ、彼女は」
「多分・・・」

 山ノ内はしばらくそれで笑いが止まらなかった。実際、オレもそれに気付いた時にはちょっと笑ったが、何もそこまで笑うこたないだろう、ってぐらい笑い続けた。
「でも、オレはさ、そんなショックじゃなかったよ。ショックよりもアレだな、自分の理想がこの世に存在してて、目の前に現われたってことで、すげえ嬉しかったんだな。確かに、これが最初で最後かと思うと悲しいけどさ・・・せめて名前だけでも分かってればなあ。もっかい会いたいよなあ」
「はあ。おまえさあ、原型師だろ?だったらさ、作ればいいじゃん、おまえの理想像。せっかく、カタチになって現われて来たんだから、おまえも素直にそれをカタチにすればいーじゃん。少なくとも、それが出来るチカラがあるんだからよ」
「それってでも変態っぽくないか?」
「恥ずかしがっててどーすんだよ。それこそ中野の駅前でずっと張り込みするよりはマトモだと思うけどな。だから、良いんだよ。例えば1/6とかで作ってさ、複製して、ワンフェスで売ればいーじゃん。そんで『この人を知りませんか?』ってライナー入れとくんだよ。そしたら、もしかして連絡来るかもしれねーじゃん」
「来るか?」
「来るよ。ただ、それが似てればの話だけどな。だから、おまえのチカラにかかってるわけだよ。原型への思い入れの強さにさ」
「そっか」
「そうだよ」
「そっか・・・なんか、ちょっと元気出て来たな、うん。なんか、やる気わいてきた。なんか、人生捨てたもんじゃないなって気になってきたよ、うん。・・・やるか。うん、やる。立体の、指名手配なわけだな」
「うん。おい、オレにもビールくれよ」
 オレは最後に残った1本の缶ビールを山ノ内に渡した。山ノ内は、一気にそれを飲み干した。
「うめえー。ああ、どーでもいいけど、おまえ、すげー喋るよな」

 オレはその後、この山ノ内の提案のおかげで、意外な形で彼女に再会することになるのだが、それはまた別の話だ。

[この物語はフィクションです]


TOMY / Lumi Message


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