No.8 / Vol.3 「長電話」

「いや、もう、マヂヤバいっすよ。昨日なんか売り上げマイナスで。えぇ、買い取りがあったんで。・・・出物?あぁ、そうっすねぇ、なんにも無いなぁ。もう、出ないっすよ、なんにも。あのねぇ、『スタージンガー』の、マシン、いや超合金じゃなくて、ポピニカの方、あれ、セットで6千円で引き取ったんすけど。え?高い?・・・うそマヂ?えー、そうっすか?ヤバいかなぁ。1万付けてたら売れないっすか?ヤバいなぁ・・・」

 その店は、最悪の店になっていた。
 貸し布団屋の2階にあるその古玩具屋を数年ぶりに訪れた時、最初に目を引いたのは、商品に付けられた値段のいいかげんさだった。古玩具に限らず、故物を扱う店の良し悪しは、商品の値段の付け方で決められる。良い店というのは、相場や商品の状態を踏まえた上で、買うか買うまいか客が迷いに迷う、ギリギリの値段を提示してあるものだ。それはつまり駆け引きの第一歩であって、いわば客に対して店主が仕掛けた挑戦とも言える。
 私なども、そういう値札に出会うと、思わずニヤリとしてしまう。
 それ以外にも、品揃えや店内の雰囲気、店主の手腕など、店の印象を構成する要素はいくつか挙げられるが、そのどれをとってみても、その店を救うものはなかった。

「あぁ、じゃあ母艦が付いてたら、もちょっと高いんだ・・・ふぅん。いやオレ知らないっすよ、見てないし。『ダンガードA』とどっちが先なんすか?・・・だって、松本零士のやつってちっとも売れねーし。メカコレはけっこうハケるんすけど、残るのは大体残るでしょ?そーそー、あれ何すか?バルゼー艦とか。『ヤマト3』っすか?・・・いや、もう10個ぐらいあるんじゃないかなぁ。前の店長が買ってんすよ、あいつバカだから。会ったことありましたっけ?いや、もうすんげーバカっすよ。だってねぇ・・・あ、すいません、ちょっとキャッチ。ちょっと待ってて下さい」

 店には、私一人しか居なかった。その店の店主、おそらく雇われ店長であろう20代の若者は、先刻からカウンターの脇に置かれたFAX兼用の電話機で長話をしている。相手はどうも同業者らしい。店長はたまにチラと万引き防止用に設置されたコーナーミラーに目をやるが、私のことにはあまり関心を示していないようだった。

「はい、はい・・・えーっと、『聖闘士聖矢』の、どれっすか?いや、何があるかって言われても、ちょっと分からないんで、何が欲しいんすか?・・・あぁ、それはさぁ、無理だよ、出ないよ、そんなの。ないない、そんなの。出ても10万はするよ。あれ非売品だから。1個で。・・・いや、『まんだらけ』の事は知らないけど、たぶんどこに入ってもそれぐらいはするよ。・・・んーっとね、シャカと・・・え、マクロス?あのさぁ、だからマクロスの何?マクロス関係って言われても、ピンキリであるんだしさ、『ピタバン』でも良かったりするわけ?・・・いや、『ピタバン』って、たぶん欲しくないだろうからさ。再版されたし。で、具体的には何・・・あぁ、えーっと、今ウチにあんのはD型と、エリントシーカーと、あとは海外版かな、韓国の。D型はタカトクのやつかな。・・・あのさぁ、欲しいものがあるんだったら、もっと勉強しなよ。D型だってテレビ出てるわけだしさ。映画版のやつだって、オプション取れば同じなわけだし。・・・いや、ウチには無いけど。主人公の、って言っても、じゃあJとSどっち?いや、違いって言われてもさぁ、それをここで聞く前に、もちょっと勉強しなよって言ってんだよ。・・・はい」

 勉強不足なのは、どちらだろう?と思う。『映画版』と言っていたのが「ストライク・バルキリー」のことなら、これはオプションを取り外したからと言って、決して『TV版』になるわけではない。それにしても、D型とは何だ?

「あぁ、どーもすいません。いや、なんか質問。ってゆーか、バルキリーの型番も知らねーくせにバルキリー欲しがるなっつーの。え?そっちにも来ます、そんなやつ?ダメっすよね、なんかもう。バカばっかで。フィギュア王とか、あーゆーのでバーッと出ちゃったりすっから、分かってないっすよ、全然。・・・いや、うちはホビージャパンとハイパーホビーだけ。・・・あ、それでかー。うん、うん、確かに中学生とか、こいつガキじゃんみたいなの多いっすよ。こないだもガキ来ましたよ。カノジョと二人で。あれ、幼稚園ぐらいじゃないんかなぁ?そう、幼稚園のカノジョと二人でアクションマン持って来て、買ってくれって。そうそう、あれ。そんで500円かなって言ったら、なんか半ベソかいてて。あれ、現行品じゃないすか。ザらスでも買えるのに、買い取れないっすよねぇ。そっかー、じゃあフィギュア王も出すかー。・・・電ホビって広告高いんすか?へぇ。つーか電ホビって売れてんすか?へぇ。あー、そういえばこないだねぇ、あれ見本送って来ましたよ、なんつったけ、『キャラクター・・』なんとかってやつ。あ、やっぱし?あれ、ダメっしょ。うん、読むトコは多いけど、売れてないっしょ?雑誌じゃないし」

<まだ、在った。
 私がこの店を訪れたのは、その存在を確認したかったからだ。
 英国Strawberry Fayreの「MUTON」、1975年製。平たく言えば、タカラから発売されていた「キングワルダー1世」の英国版である。ただしその素体は8インチのMEGOサイズ、いわゆる「少年サイボーグ」と同一で、つまりタカラ製のそれの完全な縮小コピー品であった。元々GIジョーの金型流用品であった変身サイボーグやキングワルダーというキャラクターを、大本の米国HASBRO社が逆にその英国法人であったDenys Fisher社にライセンシーを与えたものだ(販売元であるStrawberry Fayreは、Denys Fisher社の子会社ブランド名)。Strawberry Fayreからは同ラインナップとして少年サイボーグの流用武器やアウトフィット、76年には「アンドロイドA」の縮小コピー版もリリースしている。
 左足首のハトメ部分に入ったクラックは見覚えがないが、これはまさしく私が昔、ここに売ったものだ。ただし、値札にはその時の取引金額の1割に満たない金額が書かれていた。一瞬、自分の目を疑ったが、間違いはない。値札が新しいところを見ると、最近付けられた値段らしい。おそらく、電話で話し込んでいる、今の店長に、だ。

「知ってる知ってる。聞きましたよ、泥棒でしょ?警察来ましたよ、こないだ・・・まだウチ入られてないけど。あれ、同じやつでしょ、三茶の、そう、向山くんとこに入ったのと?え、そうなの?あ、そーなんだ・・・ふぅん。あれもう3年前っすか。・・・あぁ、あそこ入られたんだ?ようやく?あはははは。行ったことありますよ、えぇ。まぁあそこは、入られてもしょーがないっすけどね。あそこ、外からつながってるじゃないっすか。なんか歩いてたら、いつの間にか中入ってて。『え、ここ、ゴミ捨て場じゃないの』って。いや、実際んとこ、近所の人が間違って捨てに来たらしいっすよ。燃えないゴミの日に。うそ、うそ、うっそぴょーん。そっかぁ、あんなとこも入られてたんだ。それと、大久保さんとこでしょ、あとは・・・え?どこっすか、それ?大宮の?・・・あぁ、知ってる、そこ!あの、入場料取るとこだ?そうそう、確か店に入るのに、カネ取られるんすよ。そんで、中で何か買うと返してもらえんの。あぁ、あそこ。いや、メチャ高かったっすよ。あーオレ行ったことあるわ。どーすっかな、疑われたら。・・・えー?、なんでM1号入ってないの?だって有名じゃないすか、あそこ。ひょっとして、西村さん裏で手引いたりしてない?いやいや、わかんないっすよ。『あれ、これウチにあったやつじゃん』って。けっこうシャレになんないっしょ。あの人、やかんとも仲良いっていうし。・・・でもさぁ、その泥棒捕まったとして、返って来るんすか、盗まれたモノって。だって困るっしょ、返って来ないと。だって大久保さんとこも、ダルタニアスの黒とかあったらしいし。そうっすよ、あったんすよ、言わなかったでしたっけ?いや、あれ半分私物なんすけどね。売る気無かったみたいだし。え?15万だったかな。・・・うっそー、それってメチャ安?それじゃ誰も買わないっしょ。倍じゃん。ほぼ倍。いや、売る気無いっつっても、カネ積まれりゃ売るっしょ。シルバー仮面だって売るっしょ?・・・え?売れちゃったんすか?いくらで?・・・そっかー、売れちゃったっすかー、いいっすね、売れて。こっちほんと売り上げゼロっすよ。マイナスっすよ。どこも不景気っすねぇ。景気良いのは泥棒ぐらいっすよね」

 このMUTONは、貿易商を営んでいた父が英国から買って来たものだった。兄弟もなく、転校がちで友達も居なかった私にとって、玩具は唯一の楽しみであり、また父との絆でもあった。だから、父の会社がバブル崩壊のあおりを受けて窮地に陥った時、私は自分にとってかけがえのない財産であった玩具のコレクションを放出することに何の迷いもなかった。

「オレねぇ、マヂで店やめようと思ってるんすよ。うん。ここ場所悪いじゃないすか?駅から10分もかかるし。客もなんか常連ばっかで、グダグダ時間つぶすだけで何も買ってかないんすよ。それに前の店長の知り合いだから、なんか傾向が違うんすよね。そう、GIジョーとか、あっち系が多いんすよ。・・・あぁ、ノウムの?いや、ウチには入ってないっすね。え、そんなするっすか?へぇ。そんで、渋谷にZAAP!ってあんじゃないすか。あそこの店長、そう、新店長、その人から誘われてんすよ。そんで、どーすっかなーって。ウチからだと井の頭線で行きやすいんすよ。え?東松原っすよ。うーん、どっちかって言うと松原に近いかな。明大前で乗り換えて来てんすよ。うん。だから、タルくって。1時からっすけど、けっこうオレも夜遅いっつーか、朝帰らないこと多いから、寝坊とかしてヤバかったの、けっこうあるんすよ。渋谷だったら、そのまま店直行みたいな感じで、なんかイイかなって。ええ。そう、メディコム入ったんすよね、岡さんって。こないだキャラコンで会いましたよ。元気そうでしたよ。岡さんってカッコいいっすよね。メチャクチャ。オレ、マヂで尊敬してんすよ。この世界入ったのも、割と影響受けたっていうか。いや、もちろん椎名さんも尊敬してますけど。・・・いやいや、マヂっすよ。・・・そんな。ねぇ。あはははは。え?キャッチ?いや、いいっすよ。待ってますよ。もうヒマだから。ヒマヒマ。客1人だし・・・えぇ、いいっすよ」

 店長が重い腰を上げ、紙コップにウーロン茶を入れて私に差し出して来た。飲み物のサービスは、古玩具屋では常套手段だ。日本人は特に、こうした無償のサービスに義理堅く反応してしまう。
「何を探してるんすか?」
「いや・・・見てるだけなんですが」
「なんかあったら、言って下さいね、開けますから」
「じゃあ、これを見たいんですが」私はガラスケースの中のMUTONを指差した。
「あ、タカラ系好きっすか?これねぇ、昔出てたキングワルダーっていうののニセモノなんですけど、良く出来てるでしょ?この少年サイボーグから型とったみたいで、でもタカラのじゃないんですよ。裏にメイドイン香港って書いてあるし」
 店長はそう言って、ビニール袋に入ったままのMUTONの背中を見せるように私に手渡した。
「なんだったら、もう少し安くしますけど」
「いや、結構です。これを下さい」

 私は結局、そのMUTONを買い戻すことになった。ほぼ3年ぶりに手元に帰って来たことになる。この値段を付ける店も店なら、これで買わない客も客だ。いずれ取り戻そうと思っていたものだから手にした喜びは薄いが、むしろ買われずにいたことこそが幸運なのかもしれない。とにかく私はこのMUTONを俗悪な店から救い出したということに満足していた。
<モノは、その価値を知る人間のみが、所有すべきだ。
 私は釣り銭を受け取ると同時に、カウンターに置かれた小さな金庫も凝視していた。脇に置かれた伝票の束から見て、おそらく頻繁に精算しているとは思えない。しかも、持ち運びには困らない大きさだ。
 若い店長は私の視線を気にすることもなく、再び受話器を取って話を始めた。

「すいません、待ちました?で、何の話でしたっけ・・・?」

 私は店を出て、その扉が閉まるのを確認すると、階段の踊り場に置かれた消化器を何気なく動かしてみた。思った通り、そこにはドア用の鍵が隠されていた。おそらく、店のものだろう。店長が遅刻の話をしていた時に、もしかしたら、と思ったのだ。
 この店は、深夜に訪れるには、最高の店かもしれない。

[この物語はフィクションです]


Strawberry Fayre / MUTON


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