No.14 / Vol.13 「真夜中のボーイスカウト」

「いいな、集合は午後11時。天体観測が終わるのが9時だから、いったん家に帰ってカバンを置いてから、基地に集合」
「もし来れなかったら?」
「もし、は無い。絶対来いよ」
「でも・・・も無いの?」
「じゃあ、何かあったら、オレのピッチに電話すること。もし11時に来なかったら、一生シカトの刑だかんな」
「・・・わかったよ。カーくんは大丈夫?」
「うん」

 明日の終業式で、僕はゴンベやみっちゃんと別れなければならない。帰りに学校まで父さんが迎えに来て、僕はその足で明石のおばあちゃんの家に行くことになる。たぶん、この基地に来るのも、今晩の1回を残すだけだ。
 僕らの学校は高台にあって、そのふもとには戦争に使われた防空ごうがいくつも残っていた。僕らが基地として使っているのはそのうちの一つで、ゴンベが先ぱいのキベさんからゆずってもらったものだそうだ。その通り、基地にはそうとう前からここで使われているらしいイスやテーブルがあったし、昔のジャンプやテレビの付いたラジカセもあった。去年の夏休みの課外授業で防空ごうの調査をすると知った時は、きれいさっぱり片付けたはずだったけど、1年たった今ではすっかり元通りになっている。
 5年になって別々のクラスになった僕らは、学校よりも多くの時間をここで過ごした。特に、不登校で1つ学年が下になったみっちゃんは、朝からずっとここに居ることもあった。
 みっちゃんは、僕とずっとここに住もうと言ってくれた。ゴンベは、無理だと言った。
 本当は、僕だってずっとここにいたい。みんなと同じ中学に行きたかった。

 明石行きのことを打ち明けられた時、僕は生まれて初めて頭を下げる父さんを見た。大人の事情にふり回されるのはまっぴらだと言いたかったけど、そんな姿を見て、けっきょく僕は何も言えなかった。
 父さんと母さんの仲が、そこまで悪くなっていることを、僕は知らなかった。まだ聞かされてはいないけど、たぶん、離婚することになるんだと思う。うちのクラスの斉藤さんみたいに、母さんの方につく妹の美里は名字が変わるはずだ。でも、まだ美里は小さいからいいか。
 そういえば、美里にももうしばらく会っていない。もちろん、母さんにもだ。

 11時を少し過ぎて基地に戻ってくると、ゴンベとみっちゃんはもう来ていた。天体観測に来なかったみっちゃんは、たぶん夕方からずっとここに居たんだろう。ゴンベはさっき学校でもらった天体図のプリントを片手に、みっちゃんに星のことを説明してるようだった。
「ごめん、遅くなって。家のゴミとかまとめてたから」
「家の人は大丈夫だったか?」
「うん。会社で送別会があるから、遅くなるって留守電入ってた」
「カーくん、あのね」
「何?」
「あの星、『カーク』って言うんだよ。こういう三角形の、左のはじっこ」
 みっちゃんが指差した空に、僕には星は見えなかった。
「白鳥座だっつーのに聞かねーんだ、こいつ」
「だって白鳥は英語で「カーク」って言うんだよね」
 みっちゃんはカクレンジャーに出て来た『バトルカーク』のことを言ってるに違いない。僕は何度か「鶴だ」と言った覚えがある。
「白鳥座は「キグナス」だろ?確か・・・」
「そろそろ行こう。あんまし遅くなると、父さん帰って来るし・・・」ゴンベが古いジャンプを読み返そうとしていたのを僕は止めた。

 夜中の学校は、意外なほど明るかった。誰もいないのに、中庭の電灯が点いたままになっていたからだ。さっきまで行われていた天体観測会のなごりかもしれない。それに、虫の鳴き声がやたらと騒々しかった。
「あんまし、怖くないな」ゴンベが言った。「ちょっと拍子ぬけー」
 裏門の脇の側溝をカベつたいにのぼって校内へ入ると、僕らはするべきことは、まず外から職員室のあかりが点いていないか確認することだった。見わたす限り、校舎の窓にあかりは何一つない。
 観測会の合間にゴンベがカギを外しておいた1年生の教室脇のトイレの窓もあっけなく開いて、僕らはなんなく校舎へ入り込んだ。廊下にも中庭からの光がさしていて、かなり明るい。つきあたりにある「職員室」と書かれた札も読み取れるほどだった。ゴンベはせっかく持って来た小型のマグライトを使う機会がなくて、ちょっと不満げだ。それでも、外から見つからないように中腰で進んでいると、忍び込んでいるふんいきになってきた。
 職員室には「誰でも気がねなく入れるように」という思いから、扉がない。それでも普段は入りたくないんだけど、こういう時は都合が良かった。僕らは廊下からそのまま室内に入ると、直子先生の机を探した。
「ちょっと待て」ゴンベはそう言うと、あかりを点けたマグライトを口にくわえて、入り口に貼ってある座席表を確認した。空いた両手は、そのままカベについている。「うん、そこでOK」
 ゴンベはまたマグライトをくわえて、僕とみっちゃんのいる先生の机まで、はうようにすべって来た。
「・・・もう、やめよう」目指していた机を目の前にして、僕は思わずもらした。
「なに言ってんだよ、いまさら」
「だってドロボウじゃん」
「盗られたのは、おまえんだろ?盗まれたのを取りかえして、何が悪いんだよ?だいたいボッシュウとか言って、返さない先生の方が悪いだろうが」
「そうだけど・・・だって、もしバレたら、みんなに迷惑かけるし・・・」
「バレなきゃいいんじゃん?大丈夫だって。ぜってーバレないって」
 すると、僕とゴンベが言い争っているうちに、みっちゃんはいきなり先生の机の引き出しを開けた。「ここには無いね」
 ゴンベもそれに続くように、他の引き出しを開けて物色し始めた。みっちゃんは机の下に置かれた紙袋の中を探している。でも僕は、それを見ているだけしか出来なかった。一番「それ」を取り戻そうと思っているのは、ぼくなのに。

 それは、たぶん僕が最後に母さんに買ってもらったことになるオモチャだった。正確には、もらったものと言った方がいいかもしれない。
 5月のはじめ、僕は母さんと二人きりでヨーカドーに買い物に行った。そして、今年の誕生日に買ってもらう約束だった『ロボットマンバロン』と『アクロボットマン』を買ってもらった。いつもなら「もう大人なんだからオモチャはやめなさい」と言うくせに、その日は何も言わずに買ってくれた。そして、その時にキャンペーンで貰ったのが、限定カラーの透明『カーク』だった。超うれしかった。母さんは「カーくんと同じ名前だね」と言って笑ってくれた。
 その日の夕方、母さんは美里を連れて、市川の聡子おばさんのところへ行ってしまった。母さんとも美里とも、それっきり会っていない。そんなことになるなんて思っていなかった僕は、次の日それを学校に持って来たところを見つかって、先生にボッシュウされてしまったのだ。

「そこ、誰かいるのか?」
 突然、声がして、部屋のあかりが点いた。みっちゃんはぴたりと動きを止め、ゴンベはものすごい早さで机の下にもぐり込んだ。立っていた僕は、すぐにその声の主と目が合った。学年は違うけど、たぶん先生だ。
「まだ帰ってなかったのか?ここで何してた?」先生が近付いて来る。
 その時、「うわあ」と声を張り上げて、みっちゃんがその先生に飛びかかった。そして先生の足にしがみつくと、僕らに「早く!」と叫んだ。あっけにとられた僕の手を、いつの間にかゴンベがつかんで走り出していた。廊下を走りながら、僕は背中に何度もみっちゃんの声を聞いて、そのたびに立ち止まろうとしたけど、ゴンベはそのたびに強く僕の手を引いて走り続けた。
 入って来たトイレに駆け込む瞬間、ぼくは職員室の方をふり返った。そこには、さっきと同じように、天を指さしているみっちゃんが見えた。

 僕とゴンベは、おたがいに家に向かわず、そのまま基地のそばまで走って来ていた。なんとなく、このまま帰れない気になっていた。
「みっちゃん、どうしよう?つかまっちゃって・・・」
「いいんだ。・・・さっき、おまえが来る前、美智雄とは話してたんだ。もし見つかったら、あいつがオレたちを逃がすって。あいつ、自分でそう言ったんだ」
「でも・・・」
「ぜってーどっかに隠してるんだよなー。捨ててたら殺すぜー、マジ・・・」勢い良く飛び出していた、ゴンベの声が急に止まった。
 ふと見ると、基地への入り口がある廃屋のガレージの前に、2つの人影があるのが分かった。
「和彦?」その人影が呼んだ。
 間違いなく、母さんの声だった。隣にいるのは、直子先生だ。一瞬、ゴンベといっしょに逃げようと思ったが、ゴンベは走り疲れたのか、もうあきらめている様子だった。誰にも秘密にしていたはずの基地のありかが、あっさりバレていたことに気を落としたのかもしれない。
「やっぱりここだったのね。お母さまと二人で捜したのよ」
 そう言って先生が差し出した手の中に、僕らがさっきまで探していた『カーク』があったので、僕とゴンベは「あっ」と声を上げた。
「これ返さなきゃいけないと思って。金杉くん、観測会の時にすぐ居なくなっちゃったでしょう?家に届けに行ったら、お母さまがいらして・・・だめじゃないの、まっすぐ帰らなきゃ」
 母さんは、先生に対しても、僕に対しても、申しわけなさそうな顔をしていた。僕は母さんが家に帰って来たのかもしれないと思っていたけど、その顔を見て、そんなことは無いのだと思った。今までの母さんなら、先生より先に僕を怒っただろうから。
「すいませんでしたっ」ゴンベがおもむろに頭を下げた。きっとゴンベは、学校に忍び込んだことがバレたと思ったに違いない。それが勘違いだと分かっていたせいもあるけど、ただ、ここであやまったら、ゴンベやみっちゃんに悪いと思って、僕は絶対にあやまらなかった。
 ゴンベは直子先生が家まで送ることになった。別れぎわに、ゴンベはみっちゃんと同じように星を指差して見せた。相変わらず、星は見えなかった。
 帰り道で、母さんは僕に「ごめんなさいね」と言っただけで、あとはずっと無言で歩いた。何か話したかったけど、何を話していいか分からない。なんとなく、もう他人なんだと思った。僕の手の中にある『カーク』の方が、ずっと母さんに近い気がした。
 家の前まで来ると、「じゃあね」と言って母さんはそのまま駅の方へ歩いて行った。
 僕らは、けっきょく、大人の手の中で遊ばされている子供なんだと、とても悔しくなった。

 次の日、僕はゴンベやみっちゃんに会うことなく、父さんと2人で明石へ向かった。
 明石の空はとても澄んでいて、夜には白鳥座がよく見える。

[この物語はフィクションです]


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