No.15 / Vol.17 「コスプレ探偵と首狩り事件」

「あれっ?」
 どちらからも同じ反応があって、僕らはきょとんと見つめ合った。そして、たぶんその次の反応もまさに同じ。ハッピーアイスクリームだったのだ。「こんなとこで、何してんの?」
 僕と島崎は高校時代の同級生で、なおかつ超合金玩具系サークル『玩魔神』の仲間でもある。僕がイラストレーターになり、島崎が警官になった今でも、二人でよく古玩屋巡りをしたりはする仲だ。ただ、こうしてばったり出会ってしまった、いわゆる「オシャレ系トイショップ」にはお互いに縁遠いはずだった。
「何だよ、その格好?」
「ああ、これ?オレさ、刑事になったんだよ。しかも警視庁捜査3課。特殊技能を認められてさ、飛び進したんだぜ。・・・ところで、そちらは?」
 僕が島崎のぱっちりしたスーツ姿に違和感を覚えたように、島崎も僕の同伴者が気になったらしい。たぶん、島崎も多少勘付いてはいるんだろうけど、僕は誇らしげに答えるつもりだった。
「はじめまして。誘幻寺びらんと申します」
 びらん様が僕の脇をすっとすり抜けて、島崎に近付いて挨拶をした。その軽やかな身のこなしと淡いロゼッタの香りが、僕の胸をいつものように締め付ける。絶世の美女に声をかけられた島崎はオドオドしているが、当然だ。僕だって今でもびらん様と話をする度にドキドキしちゃうのだ。
 この、一見するとちょっと派手めなセーラー服姿、実は某恋愛シミュレーションゲームのヒロインのコスプレである衣装を身に付けているのが、今や「生きる伝説」とまで称される日本最高のコスプレイヤー、びらん様その人なのである。
 そんじょそこらのコスプレ野郎と違って、びらん様の身に付ける衣装は、布地の素材にまでこだわった最高級品だ。画面ではただのグレーに塗られているスカートだって、細かい千鳥格子模様でアレンジされている。だから、びらん様はこうして普段から衣装のまま外出したりできるのだ。
「ああ、あなたがあの有名な・・・いえ、お名前はかねがね・・・あ、僕、島崎峠四郎といいます。峠の四男坊で『きょうしろう』。本当は島の字も山ヘンの付く『嶋』で・・・」
「今日は、何かありましたの?」
 島崎はびらん様がいきなり核心に触れて来たのに驚きを隠せないようだった。何しろ、『誘幻寺びらん』という偽名(ちなみにコスプレネームなのだ)に何の疑いも持っていないようだ。ちなみに僕はびらん様の本名を知ってるし、深緑に照り返す黒髪が実はカツラで、その下の本当の髪の毛が透き通るプラチナカラーだということも知ってるのだ。ふふん。
「いえ、ちょっとした事件がありまして・・・」

 びらん様の願いを聞き入れない男はいない。少なくとも、聞き入れないヤツは男とは言えない。それぐらい、びらん様の「お願い」には魔力がこめられている。今日も今日とて、僕はびらん様の「ちょっとオモチャ屋さんに行きたいの」という電話1本で、車を飛ばして来たのだ。たとえ他人がそれを『アッシー君』と呼ぼうと、抱えてる仕事の〆切が明日だろうと、その魔力から逃れることはできない。いや、むしろ逃したくないと言っていい。
 島崎もその「お願い」の前に軽くねじ伏せられ、僕らはその「犯行現場」へと案内された。見覚えのある店長が怪訝そうに僕をニラんでいたが、彼も決してびらん様にはそんな目を向けない。当然だ。
 そこは陳列棚が店の入り口に背を向けるように立っていて、言ってみれば店の中に囲われた小さな部屋のようになっている。
「これなんですよ」
 島崎が指差したそこには、三面の棚びっしりにメディコムトイの『リアルアクションヒーローズ』シリーズが並んでいた。僕も仮面ライダーとか、メインどころは一応押さえている人気シリーズで、原宿のこんなオシャレ系ショップでも当然需要があるのだろう。
「首が、ないのね・・・」びらん様が呟いた。どことなく幻想的な台詞のように聞こえた。
 その言葉通り、窓から中の商品が見えるようになっているパッケージの、ざっと見たところ半分ほどの商品が、首のパーツばかりを失っているようだった。変身サイボーグみたいに中にも顔があるわけじゃないから、首のない人形が並んでいる様はかなり不気味だ。パッケージに荒らされた形跡はないから、おそらく箱の上部を留めてあるテープをカッターか何かで切って、中身を取り出したのだろう。僕がそれを確認しようと、近くにあった『イナズマン』に手を伸ばすと、島崎が血相を変えて制止した。
「止めろよバカ、まだ鑑識入ってないんだから。指紋付いたら、お前も容疑者だぞ」
「あ、ごめん・・・」
<なんか刑事に止められたみたいだ、って、そうなのか。それにしてもバカはないだろ。
「でも、どうして盗られたのと、そうでないのとあるのかしら?」
 びらん様の指摘は、いつも的確だ。僕もそれを不思議に思っていた。
「実は、先週も渋谷で同じような事件があったんですよ。手口がまったく一緒で、同一犯の犯行と見て間違いないでしょう。照合してみないと分からないんですが、そっちで盗んだ分には今回は手を付けてないんだと思います」
「ふうん・・・」
 と、びらん様は陶器のように透き通った白い腕を伸ばして、『アクマイザー3/ザビタン』を手に取った。僕は「指紋!」と思ったが、まるで聖人のような顔つきで、島崎はそれを許している。これまた当然か。でも、いいのか?
 その『ザビタン』も首を失っていた。『ザビタン』にはオプションとして表情の違う2種の顔パーツが入っているのだが、それらは手付かずのようだ。ただし、耳のパーツは共用なので、結局は売り物にならない。
「イビルとガブラも出るんだよね」びらん様は箱を開けて、中に入っているハガキ大の「購入チケット」を手にして訊ねた。
「ええ・・・あ、申し込みの〆切終わっちゃってますけど、必要でしたら用意します」
「どうしてダルニア出してくれないんだろう・・・」
<この、ちょっとすっとんきょうなところも、びらん様の魅力なんだな、うむ。それにしても、びらん様の口から『ガブラ』なんて単語が出てくるのって、なんかいいぞ。むふふ。
「刑事さん、先週盗まれたもののリストってあります?」
「いえ・・・実は僕、一昨日刑事になったばっかで・・・いえ、ですから、前の担当と引き継ぎが出来てないんですよ。それに、こんな事件ですから、商品のリストまで作っているかどうかは、ちょっと・・・店の方に確認を取れば、分かるかもしれませんけど」
「じゃあ、確認とって下さいません?それと山ノ内、ここのリストを作ってくれる?首のないものの」
「は、はい!」
 僕はびらん様に名前を呼ばれるのがたまらなく幸せだ。この幸せのためなら、どんなことだってする。人だって殺められるかもしれない。そんなまさか、って、いや本当に。「やまのうち」の「ち」って言った時に、びらん様のハート型の唇にチラリと白い歯がのぞくのを見ると、この名前に生まれたことすら幸せに思う。ところで・・・
「何か、不審なことでも?」考え込むようにじっと商品棚を見つめているびらん様に僕は訊ねた。
「うん。この『バイオハンター・シルバ』ね、やっぱし買っておいた方がいいかなって・・・。あと、この『8マン』もいいな」

 店の電話を借りていた島崎が戻って来た。
「すいません。店に確認とってみたんですけど、もう返品に出していて、分からないそうなんです。メーカー側がそのへん親切らしくって」
「こっちの店のは、こんな感じですね」
 僕はシステム手帳にメモした盗難にあった商品のリストをびらん様に手渡した。びらん様はそれを一見すると、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、上目づかいに僕と島崎を見た。
「犯人、分かっちゃった」

「私がヘンだなって思ったのは、このザビタンを見た時なの。だって、こんなにいっぱい顔が付いてるのに、それには目もくれずに本体に付いてるやつだけ盗ってるでしょう?」
「でも、犯人は上蓋だけを切って取り出してますよね。上蓋から手を入れれば、首パーツは簡単に取れますから」
「そう。つまり、犯人は首だけを盗れれば良かったの。でも、首を集める趣味だとか、そういう理由じゃない。それは、ザビタンのオプションが盗まれてないことからも分かるわよね」
<納得だ。僕だったら、「怒り顔」ヘッドは絶対に外せないものな。
「あと、問題なのは盗まれたものなんだけど・・・」びらん様はリストにもう1度目を落とした。「絶版品にはまったく手を付けてないのはどうして?」
 島崎はまるできょとんとしている。まあ、こいつは合体超合金専門だから無理もない。僕はリストを作りながら、なんとなくそれを感じていた。この店には『リアルアクションヒーローズ』シリーズの第1弾である『ジャッジ・ドレッド』もあって、それには25000円というプレミア価格が付けられていたけれど、無傷で残っていた。
「もう持ってたんじゃないですか、犯人は?」
「そうかもしれない。でも、ライダーマンを持っている人間が、V3を持ってないってことは考えにくいわよね」
 僕と島崎は同時に同じ場所を振り返った。確かにライダーマンの首はそのままだが、V3の首はない。
「バイオハンター・シルバは、もしかしたら犯人も欲しくなかったのかもしれないけど・・・でも、絶版品とか限定品って、それだけでも価値があるものでしょう?普通だったら、まっさきに盗んでもおかしくないじゃない?」
「まったくもって、その通りです」僕は思わず口にした。「僕だったら、そうします」
 びらん様はうふふと笑って、言葉を続けた。なんてカワイイんだ!
「たぶん、犯人の目的は、首を手に入れることじゃなくて、商品から首をなくすことだったと思うの」
「つまり、盗むのが目的じゃなく、店への嫌がらせとかってことですか?」
「嫌がらせなら、手当たり次第にやっちまうだろ、選んだりせずに。それにカッターを持ってたなら、商品に傷を付けたっていいはずだ」僕は島崎に突っ込んだ。
「首を失った商品はどうなるんだっけ?」
「・・・返品されて・・・在庫があれば新品と交換されて・・・」
「あ!」僕と島崎は、やっぱり同じタイミングで声を上げてしまった。
「そう、犯人はきっと、返品されて来たものに盗んだ首を取り付けて、まったく無傷の商品を手に入れられる立場にある人だと思うわ。社員だからって、商品をおいそれと自分のものには出来ないでしょうから。それと、たぶんこの犯人、もうすぐ会社を辞めるか異動になるはずよ。ちょっと、焦りすぎちゃったみたいね」

[この物語はフィクションです]


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