No.22/Vol.15 「レゴに書いたラブレター」

 あたしの身体の異変に最初に気付いたのは、なじみの美容室の子でね。「サエさん、最近化粧品変えた?」って聞いて来たの。あたしには身に覚えがなかったから「どうして?」と尋ねたら、「ちょっとおハダ荒れてるみたい」って申し訳無さそうな答が返ってきて。人一倍お化粧には気を使ってきたつもりのあたしは、そんなことないって否定したんだけど、さすが専門家の目は確かと言うべきね、それ以来、明らかに吹き出物とかが目立つようになってきたもの。
 「ホルモンのバランスが崩れたようだ」って医者は言ってくれちゃってさ。いつも通ってるとこのセンセイなんだけど。確かにここんとこブラシに抜け毛が目立つようになってて、気ばっか焦って注射しまくったってのはあるのよ。もちろん、制限はきちんと守ってたけどね。
 それで、最終的には「もう注射は止めた方が良い」って言われちゃったの。それって、死刑宣告と同じなのよ、あたしたちの気持ちの中では。まだ制限とかがあんまり厳しくなかった昔とかは、実際にそれで死んじゃった人もいたみたいだし。死にたくはないじゃない、ねぇ。だから止めたのよ、潮時だろうって。体質とか、色々あるみたいだから。
 ホルモン打つの止めるとね、とたんに痩せるの。知ってた?羨ましいなんて言わないでよ。だって、ひどい時、1日に2キロも減っちゃったもの。昔、全盛期の時なんて、恥ずかしいけど55キロもあったのよ、あたし。今じゃ38しかないのよ。信じられる?160センチで38キロよ。腕なんてゴボウぐらいの太さしかないもの。ゴボウは言い過ぎか。でも、そうね、タクアンぐらいかしらね。
 でも、一番変わったのは、やっぱり顔なの。特に、頬のへんのお肉って、すぐに落ちるでしょう?そうすると、どうしても骨格っていうか、骨の形がありありと浮き出ちゃうから、なんだかこう、大事なものを隠してたベールが一気に剥がされちゃった感じよね。十代の頃はアイドルみたいって言われてたのに。『トゥナイト』とかにも出たことあるのよ、割と走りだったから。でも、今じゃそうね、ただのオカマってとこね。びっくりしたでしょ?ネットオカマと見せかけて、実は正真正銘のオカマだったから。そんなことない?正直に言っていいのよ。

 ドンちゃんは一昨年の秋に、千葉のハッテンバからこっち(新小岩)に流れてきたの。その頃のママ、佳絵ママって言うんだけど、千葉に居る頃から声かけて誘ってたみたい。ドンちゃんはあんましお店に出たりとか、そういうのに興味なかったみたいなんだけど、会社をクビになっちゃって、ウチに来たのね。建築やってたっていう話だったけど、あの業界ってもう全然だから。他に理由があったのかもしれないけど。
 でもほら、ウチは「おかまバー」だから、実際のところ真性のゲイの子ってのもどうかなってのはあったのよ。お客がみんなゲイなわけじゃないじゃない?でも、ドンちゃんって本当に良い子だから。だから、みんな素直に受け入れたわ。っていうより、みんな好きになっちゃったのよね、ドンちゃんのこと。
 もちろん、あたしもその一人だったんだけど、あたしはその頃一緒に住んでる子がいたの。年下でね、やっぱり。その子はゲイって言うより、誰にでも優しい子、だったのかもしれない。何ていうか、少年みたいな感じで。そういうところはドンちゃんにも似てたかな、ちょっと。
 その子とは1年近く暮らしてたけど、早い話、オンナ作って逃げられちゃったの。まぁ、よくある話よね。1年もったのって、それまでで最高だったな。あたしたちって、結局そんなもんなのよ、長くは続けられないのよね。結婚だって出来ないわけでしょう?お互いに、なんとなく先が見えちゃうっていうか、どこかで必ず行き詰まっちゃうものなのよ。この幸せがずっと続くだろう、なんて思えないのね。だから、立ち直るのも早いんだけど。
 こんなこと言うのも変だけど、たぶん、あたしはその頃が一番輝いてたはずなのよ。胸とかもすごく良い感じになってたし、お化粧のノリも良かったの。だから、あの子には損はさせなかったんじゃないかな。それだけが心の支えよ、今となっては。

 ドンちゃんと一緒に住むようになったのは、それからひと月たったかどうかぐらいの頃だったかな。だってまだ前の彼の荷物とか残ってたんだもの。ドンちゃん、彼のバスローブとか平気で着てたんだから。もちろん、誰のかだなんて教えなかったせいもあるけど。
 やっぱり、って感じだったんだけど、ドンちゃんってその佳絵ママとデキてたらしいのよ。あたしたちは佳絵ママはてっきり職業オカマだと思ってたから、すっごく意外だったんだけど、実はそっちのケもあったみたいなのね。頭のケはちっとも無かったくせにさ。あはは、本当なのよ、ハゲ、ハゲ、つるっぱげ。それで「受け」やるんだから、ちょっと想像したくないでしょう、ねぇ?素じゃ出来ないわよねぇ。
 でね、佳絵ママとうまくいかなくなって、店でも居場所の無くなったドンちゃんが、あたしのところによく相談に来てたのよ。あたし一応ナンバー2っていうか、オーナーには嫌われてるかもしれないけど、けっこうみんなの信望は厚いの。みんなの珍棒を熱くするのも得意なんだけど。あははは。それでね、相談に乗ってるうちに、なんとなくそういうことになっちゃったわけ。

 でもね、あたしたちの生活って、実を言うとちっともうまく行かなかったのよ。だって、あたし最初はオモチャとかって許せなかったんだもの。
 ドンちゃんがどういう趣味持ってるかなんて、あんまり気にしてなかったのよね。それが一緒に暮らしてると、もう毎日のように増えるわけ。そう、レゴよ。持ってるセットとか平気でまた買ってくるし。2個買いって言うのかしら?もう、2個3個あたりまえー!みたいな感じで、どんどん増えるのよ。あたしが養ってるようなものだったから、まぁ今でもそうなんだけど、お給料とか全部レゴに注ぎ込んじゃうの。普通に売ってるやつ以外にも、なんだか日本未発売だか、ビンテージものだかって、すごく高いのも平気で買って来るのよ。もう典型的なレゴラーだったわけ。
 内緒にしてたけど、実はあたし自分のホームページ持ってるのね。トランスセクシャルのページだから教えてなかったんだけど。それでよくゲイの人からメールもらったりするんだけど、ゲイの人でレゴラーってけっこう多いのよ。どうしてなのかしら?あたしはあのレゴのお人形、レゴマンって言うの?あれがユニセックスだからじゃないかと思ってるんだけど。  なんか話がそれちゃったわね。そうそう、レゴ買って来るわけ。
 それに組み立てとかするわけでしょう?あたしたちって、こう、なんて言うか、会話だけが愛情の証、みたいなところってあるのね。それなのに、お店から帰って来ても、ずっとレゴやってるのよ。休みの日とかもそう。気が向いたら、あたしのことなんか放ったらかしで、組み立てたりバラしたりしてるのよ。建築とかやってたわけだから、きっとそういうのすごく好きだったのよね。でも、あたしは許せなかったの、心の中では。口に出しては言えなかったわよね、やっぱり。口に出してとは、よく言うんだけどね。あはは。そんなに面白くなかった?ごめんね。真面目な話だものね。やっぱり、ドンちゃんを失うのが怖かったの。だから、言い出せなかった。
 でも、そういう態度って、ついつい出ちゃうものなのよ。
 ドンちゃんはね、その頃すっごく『宇宙シリーズ』に凝ってて、部屋の一角にすんごく大きな宇宙ステーションって言うの?ロケット基地?それを作ってたの。1メートルぐらいのロケットが5〜6本並んでるようなやつよ。それをねぇ、あたし毎日ちょっとずつ壊してたの。最初はバレないように、ブロック1個だけとか、人形1個とかだったんだけど、そのうちエスカレートしてって、結局ロケット1個まるごとツブしたのね。「地震があったみたい」なんて言ってしらばっくれたんだけど、バレバレじゃない?レゴってしっかりしてるから、倒れたぐらいじゃ壊れたりしないもの。
 そんでケンカして、別れたのかな?一度・・・ドンちゃん、あたしがプレゼントした服とかは置いて行ったくせに、レゴは全部持って行ったのよ。失礼しちゃうわよねぇ。

 で、どうやって仲直りしたかって話か。それが重要だったのよね。ごめんね、前置きが長くって。
 早い話が、あたしが折れたの。
 ドンちゃんと別れて、彼は店にも顔を出さなくなって、それで、気付いたの。あたしには、ドンちゃんしかいないんだって。  それまで、何度男と別れたかなんて憶えてないわよ。それに、もっと充実した恋、みたいなのを経験したこともある。それなのに、別れて本気で生きていけないって思ったのは、初めてだったの。まるで自分の一部が欠けちゃったみたいな気がしたのね。それは、恋愛を積み重ねて得られるようなものじゃなくて、もっと運命的なものなのかもしれない。ロマンチックすぎるかしら?でもね、そうでも思わないと納得できないほど、離れられない関係ってあるのよ。人を恋しく思う気持ちって、結局は一人じゃさびしいってことなの。だから、誰でも良かったりするのよ、意外と。でも、あたしにはドンちゃんだけだった。それって、もう恋じゃないのね。
 それが分かって、あたし突っ張るのやめたの。具体的にはね、手紙を出したのよ。しかも小包で。どんなに拙い言葉より、それが一番だと思ったから、そのまま小包で送ったのよ。
 そうしたら、ドンちゃんは帰って来てくれた。ちゃんと、伝わってた。
 レゴの大きい板あるのよね。床板に使うようなやつ。それに、「ごめんね かえってきて」って書いたの。もちろん、レゴで。8ドット文字ぐらいだったけど、同じ色のブロック探すのに、結局『basic』ってやつ3つも使ったの。注文できるなんて知らなかったもの。でもね、結果的には良かったみたい。「3つぐらい使ったろ?」って笑ってくれたから。
 今では新しいマンションに引っ越して、3LDKなんだけど、そのうちの一部屋は完全にレゴルームなのね。あたしも凝っちゃう性格だから、壁紙をレゴカラーの赤に張り替えて、緑色のじゅうたん敷いてあるの。さすがにそれ見た時、ドンちゃんも絶句してたけど。
 レゴ好きの男はいいわよ。浮気しないもの。レゴってずっとリニューアルされ続けてるから、飽きないみたい。
 実はね、こないだドンちゃんと二人で、デンマークのレゴランドに行ったの。本家の。でもね、本家なのに全然すっからかんとしてて、人とかほとんど居ないのよ。ドンちゃんは狂喜乱舞してたけど。ただ、ちょうどあたしたちが行ったその日に、そこで結婚式やってたのよ。レゴラーのカップルだったみたい。頼めば結婚式とか、やらせてくれるみたいなのね。ちょっとそれに憧れちゃって、形だけでも、結婚式したいなって思ってるの。だからまた来月にでも行くつもりなのよ。
 だって、向こうの人って、あたしがオカマだって気付かないの。変でしょう?ずっと『マダム』で通されてたのよ。それに、急がないと、あとどれぐらい女でいられるか、分からないものね。

 えっと、真山さんだったっけ?マヤちゃんでいいわよね、そっちの方がかわいいもの。
 本当はもっと参考になる話が出来ればいいんだけど、あたしもホラ、特殊だから、ね。ごめんね今日はわざわざ来てくれたのに、何のアドバイスもしてあげられなくて。
 でもね、一つだけ言わせてもらうと、女は意地を張ったってダメよ。彼のことがまだ好きなら、戻りなさい。女はね、バカでいいの。振り回されてナンボなのよ。でも、最後まで振り回されてあげたら、回り疲れた男は、きっとあなたにすがってくるから。  その時に「してやったり」って思えばいいのよ。そういうものよ、いい女って。

[この物語はフィクションです]


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