No.31/Vol.24 「復讐のリベンジャー」

<やっぱ村口のことじゃないか?最近うまくいってないし、あいつが漏らしたって可能性はデカいよ。なんで社内でそんなことやっちゃたかなー俺。ばかだなー俺。そんな俺だけど、そういう俺がカワイイって言って来たのは村口の方だからな。だいたい、実家が飲み屋やってるような女だし、誘って来たのもあいつの方なんだよ、確か。えーと、そういうの何って言ったっけ?インバイ?なんかそういうのだよな。インバイってどういう字を書くんだ?いや、漢字はいいのか、説明すればいいだけだから。まぁでもあいつにそんな勇気はないか。だとしたら誰が知ってるよ、俺らの関係?あー、もうエレベーター着いちゃうな。なんだろーなー?

「おはようございます、内野課長。こちらへどうぞ」
「あれ、滝本くん、髪の毛切った?」
「あ、分かります?昨日切ったばっかりなんですよ」
「だって、シャギーっぽかったもんね、確か」
「ええ、あんまし似合ってなかった気がして」
「そんなことなかったけど、今の方が全然いいよ。あ、ごめん、こんなこと言ったらダメなんだっけ?」
「いえいえ、ありがとうございます。お茶は、どうされますか?」
「じゃあ、社長と同じものを」

<あー、また喜ばせちゃった。なんかこの子も俺に惚れてるかもなー。なんでこんな態度とってしまうんだろう俺。これがまた無理してやってるわけじゃないってのがタチ悪いよなー。まったく俺ってばナチュラルボーンプレイボーイなんちゃって。しかし社長もよくこんなブス秘書に使ってるよなー。他の会社に連れて行って、恥ずかしくないのか?会社的には恥ずかしいことだけどなー。待てよ、そういえば社長の奥さんも会社の役員になってんだよな。さてはそっち警戒してんのか?大変だなー。

「お、内野君来たな。髪の毛は、どうしたんだ?」
「やだなぁ、社長、ちゃんと次の日には染め直して来ましたよ。先月の社内報告会でも、この頭だったじゃないですか」
「いやいや、あれ、似合っとったぞ。あの時の写真を息子が見てな、こういう人がいるんならウチの会社もまだ大丈夫だと抜かしおって。私も鼻が高かった。いっそ、あの頭で出社してもいいんだぞ」
「勘弁して下さいよ、あの日の夜、うちの息子には泣かれて困りましたよ」
「おう、もう4歳になるか?可愛い盛りだろう。いずみとはうまくやってるのか?」
「相変わらず、尻に敷かれっぱなしです」
「それでいいんだ、それで」

<いっつも「マクラ」が長いんだよなー、このオッサン。でも、この様子を見る限りじゃ、オレの不倫をどうのこうのって話じゃなさそうだな。女房から社長に話が行くわけもなし、大体、女房が気付いてるとも思えないしな。でも、妙に神経質なところもあるからなー。気は抜けないぞ、これは。

「ところで、今日は何のお話でしょう?」
「実は、ちょっと君に相談したいことがあってな。いや、わざわざ役員会議を開くようなことじゃないんで、個人的にと思ったんだが。ちょっとこれを見てくれ」
「これは『バンダイ』っていうと・・・」
「まぁ、一通り目を通してみてくれ」

<バンダイかー。嫌なこと思い出させるよなー。あれはまだ入社して3年目だから何年前だ?もうずいぶん前か。あん時は焦ったよなー。まさか類似商品で訴えられるとは思ってなかったよなー。大体、オモチャ屋が文房具作るのが間違ってるんだよ。しかも、向こうは恐竜でこっちは動物だったじゃんか。えーと、あれ、何って言ったっけ?あぁ、『あにまる君』だ。あにまるくん。プッ、変な名前。誰が考えたんだっけか?まさか俺だったか、やっぱし?

「どう思った?」
「いや、これは、面白い商品だと思いますよ。この、混ぜた液体を数値化するっていうシステムも、既存の計測基盤を利用してるにしては、目新しいアイデアだと思います。ただ問題は、気密性と、臭いをどうするかってところじゃないですかね」
「そうか・・・。いや、実は、そのオモチャの仕様は関係ないんだ。問題は、その名称なんだよ」
「名称・・・『リキッドボーグ』って・・・あぁ!」
「そう、アレだよ」
「あの、透明ケースの中に色付きオイル入れたボールペンでしたか」
「そう、あのシリーズと同じ商標で売ろうとしてるらしい。もちろん『リキッドボーグ』はわが社の登録商標だ。先方さんもそれを知って焦ったことだろうよ。それがあまつさえ一度訴えたことのある会社だと知ってな。そこで、顧問弁護士を通じてこんなものを送って来た。要するに、正式に権利を譲って欲しいというわけだ」

<「商標貸出及び譲渡契約書」だと?なんかコムズカしい漢字並べやがって。だっからデカい会社嫌いなんだよなー。「甲」とか「乙」とか、現代人が使うなっつーの。で、いくらで売れっつーの?100万?おいおい、それって安いのか高いのかどっちなんだ?まぁいいや、社長の出方を見て考えるか。

「そこにある譲渡金100万というのが納得できんのだよ。そもそもウチが、あれ何って言ったっけ?」
「『あにまる君』ですか?」
「そうそう、その『あにまる君』が向こうの『ポケットザウルス』の盗作だと訴えられて、商品を回収した損害は100万じゃきかんだろう?」
「そうですね・・・確か1千万ほどかかったと聞いています。まだ九州・北海道を除いた試験販売の段階でしたから、それでも被害は少なかったと思うのですが」
「しかも結局、金型も償却できなかったわけだからな。せめて今度は一太刀返してやりたいと思わんかね?しかも前の裁判じゃ、向こうは意匠権を持ってなかったわけだよな?だからこそ裁判になり、そのための費用も大きかった。しかし今回ウチには権利がある。十分に主張できる後ろ楯があるってことだ。そうだよな?」
「ですが社長、これは商品が流通される前の事前交渉という段階ですから、こちらが強気に出たとして、向こうが逆に引き下がるケースも考えられますよ。先方が是が非でもこの商標を使いたいと考えているなら話は別ですが」
「うーむ。しかしだなぁ、ここで素直に「はいそうですか」とハンを押すのも、どうにも気が引けるんだよ、私は」

<おっと社長これヤル気だよ。マジか?ちっとはわきまえろよ、身分をな。向こうは大会社、こっちは中小企業。上場もしてないのにケンカ売ろうって無謀だぞオッサン。とはいえ、ここで合わせとかなきゃマズイだろうなー。いや待てよ。確か役員会には通してないって言ってたな。これでもし話がこじれれば社長責任ってことになるのか?そうすると必然的に・・・もしかしたらこれは面白いことになるかもしれんぞ。もっと焚き付けてみるか。

「確かに、おっしゃる通りです。ですが、こちらは一度断罪された身であることには変わりありません。ある程度の妥協点を見い出して、新たなドラフトを作成するというのではいかがでしょう?」

<よっしゃ、これで保険かけておけば「あの時俺は確かに止めた」って言い逃れはできるぞ。あとは証拠をどうやって作るかだな。秘書の滝本を使って念書でも書かせるか。これで社長が退いてくれれば、もしかして役員昇進も夢じゃないぞこれは、ムフ。

「金銭だけの問題じゃない。これは会社としてのプライドの問題でもあるんだよ、内野君。それとも君はそこまでの愛着をもって商品の開発にあたってはいないとでも言うのか?そもそもあの『あにまる君』の責任者は君だったそうじゃないか。これは君のために被った損害へのリターンマッチのチャンスなんだよ。リベンジだよ、リベンジ!」
「分かりました。そこまでおっしゃるようでしたら、私も止めませんが・・・」
「だったらこの件、君が全責任をもって解決してくれ」
「は?」
「だからこれは君のリベンジなんだよ。任せたぞ。そのために、君には庶務課の方に回ってもらうことにした。近々人事の方から通達があると思うが、十分そっちに専念できるようになってるから。義理の伯父である私のためにも、しっかりやってくれ。」
「いえ、ですが社長、あからさまにこちらが遺恨でもって譲渡を渋った場合、先方はその、いくらでも手を変えることはできます。別の商標を考えることもあるでしょう。例えばですね、こことここの間に点を入れて『リキッド・ボーグ』にすれば、それは違う名称になります。それ、やられちゃったらアウトですよ。本来ならこういう類似商標もまとめて登録するんですが、ウチは水ノ口専務に余計な出費抑えるように言われてますし、そういう手で出られると今度はまたウチの立場が・・・」
「先日、いずみから電話があったよ」
「い?」
「君、2年前から頻繁に出張や残業してるそうじゃないか。ところが社内にはそういう記録は残っていない。これはどうしたことかね?」
「いや、それは経費削減のために報告せずにですね・・・」
「それと、社内での妙な噂も耳にしてるんだがね。君がその、不倫していると」
「そんなバカな」
「君の課の、村口という社員からの報告なんだがね」

<ははははは。バレバレだっつーのこん畜生。もうダメだ。終わりだ。クビに離婚だ。一気に全部かよ。何も残んねーのかよ。残ってないか。残ってないなぁ。いや、あるよ。俺がこの戦いに勝てばいいんだよ。これで俺が1千万バンダイからぶんどっちまえば問題ないんだろ?少なくともクビは免れるんだろ?うまく行けば離婚も回避できるかもしれんだろ?おう、上等じゃないか。やってやるよ。勝ってやる。カネぶんどった上に発売も阻止してやる。俺がてめえらの『リキッドボーグ』ぶっつぶしてやるよ。向こうは開発費含めて大損だ。ざまあ見ろ。おう、なんかやる気出てきたな。久々にやる気になってるな俺。そしてまたこんな姿に惚れる女とか出て来んのかな。あーまいったね。さすがナチュラルボーンプレイボーイだね。いや違うな、これからはリベンジャーだな。そうだ俺は今日から復讐のリベンジャーとなったのだ。あっはっは。見てろよ社長。いつかきっと俺がその椅子に座ってやる。あぁ、そして俺が社長になった暁には、あの『あにまる君』をもう一度復活させてやるよ。どうせバンダイは意匠登録の追加申請なんてやってないだろうからな。そんでもって今度はウチが大ヒットさせてやる。あのAIBOを先取りしたような先進のデザインでもって、再び俺樣がヒノキ舞台に躍り出るのだ。あっはっは。

「あぁそうだ、ちなみにバンダイさんは『ポケットザウルス』を再販するそうだよ」
「え?」

[この物語はフィクションです]


BANDAI / "LIQUID BORG"


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