No.33/Vol.33 「トレジャーハンターは振り返らない」

「あったよ、あった。タカラの刻印ばっちり残ってた。本型は60センチクラスが3組で、ジョイントのナイロン型と外装パーツ用のベリ、おまけに頭の塗装マスクまで残ってた。まぁ使い物にはならんだろうけどね。サビはひどいが、何とかなる範囲だと思う。残念だけど武器関係の型は無いな。うん、ジャイアントホイールとか、あのへんのやつ。たぶん流用されたか何かで分けられたんだろう。・・・状態?そうだな、下の上ってとこか。雨露しのいでただけでもめっけもんだよ。で、デスクロスの方は改修がひどい。直すよりは新規で起こした方がいいと俺は見たね。あぁ、あと、よく分からん銃みたいなのが何組かと、それからダイキャスト用の型がいくつか。・・・いや、超合金じゃない。えー・・・」
「ジンクロン。ブルマアクのジンクロン、キングコング!」
「・・・だそうだ。いや、全部は無理だ、4〜5トンになる。こっちはランクルでやってんだぜ、どうがんばっても1トンが限界だ。とりあえず買い上げといて、後から引き取ればいいだろう?詳しい住所はホテルに着いてからファクスするよ」
「タイチ、どうする?ジンクロン、持って行くか?」
「だめだホワン、そいつは置いて行く」
「じゃあボク国に持って帰る」
「いいかホワン、俺たちの仕事は捜すことだけだ。型を引き上げるのも、修理すんのも、儲けるのも俺たちの仕事じゃない。分かってるよな?だったらとっとと工場のやつと契約書交わしちまえ」

 ホワンは台湾のおぼっちゃん出で、北京語はもちろん、広東語、英語、韓国語にマレー語、そして日本語を自由に使いこなせる語学の達人でもある。外交官家庭の一人っ子で世界中を転々としていたせいか、各国の文化や事情に明るい、まさに宝捜しに欠かせない相棒の一人と言えた。もっとも、経費削減が何よりの営業努力である「職業宝捜し」にとって、他にパートナーと呼べるものは常に携帯しているイリジウム携帯電話だけだ。ようやくアクセルの硬さに馴染んで来たこのランクルは、北京市で借りたレンタカーだ。1トンもの金属塊を積んだせいで、車体が軋んで悲鳴を上げている。まぁ、知ったことじゃないが。
 俺たちが捜す「宝」の金塊は、いわゆる黄金とはわけが違う。興味のない人間にとっては、ゴミ以下の代物だ。具体的に言えば、それは工業製品の量産に使う「金型」と言われるもの。1個の重量が100キロから1トンに及ぶ鉄の塊である。
 プラスチックの射出成型に使用される金型のほとんどは、繊細で仕上げ加工の得意な日本で製作された後に、海外、特に中国やアジア諸国に渡り、人件費の安いそれらの国で生産行程に使用される。むろん商品の生産が終了すれば、金型自体の使命は終了し破棄されることになるのだが、特に海外に渡った金型には、破棄にかかる費用を惜しんだために放ったらかしにされたものもある。つまり、存在するだけで資産価値を持つ金型自体は、書類上では破棄されたことになっていても、実際には現存しているものが多いということだ。
 3年前、元々アジアンサブカルチャーのジャーナリストだった俺は、旧知の玩具屋の親父にこの金型捜しを依頼された。日本でいわゆるお宝ブーム、リバイバルブームの波を受けて、かつての玩具が次々と復刻されていることは聞いていたが、まさかその片棒を担ぎ、終いには本業にまでなるとは思ってもみなかった。復刻とは言え、金型は製作するのに数百万から千万単位の金がかかる。それよりは、小銭で動く兵隊を使い、昔の型を掘り出して修理した方が安上がりということだ。
 つまり宝捜しと言えば聞こえはいいが、要は経費を気にしながらゴミを掘り出し、小銭を稼ぐ引揚げ人/サルベージャーにすぎない。

「初版ガンダムのオス型?」
[あぁ。一番最初に出たガンプラ、300円ガンダムのオス型、つまりマスターだな]
「300円ガンダムなんて、まだ売ってんだろ、そこらで?」
[残念だがもう売ってないよ。最近になってリニューアルされたからな。まぁ場末の店を引っかき回せば出て来ないものじゃないが・・・ただし、重版されたものが、だ。お前知ってるか?20年前の、静岡工場の放火事件のことを?]
「20年前に俺が何歳だったと思ってんだよ?」
[正確には昭和56年、バンダイのプラモデル工場が放火された。火はスチロール原料に引火して工場は半壊、警備員が一人死んでる。その時、初版ガンダムの型は溶解しちまったんだ。ところが幸いなことに、ブームの過熱から起った慢性的な品不足を解消するために、バンダイは海外での生産を計画中だった。つまり複製型は残ってたわけだ。そしてその型が、最近まで使われてたってわけさ]
「その時のマスターがあるってことか?」
[マスターとは言ってもただのオス型じゃない。いわゆる採寸見本って呼ばれてるチタン合金製の完成見本だ。そしてそのマスターは、火事のドサクサで行方が分からなくなってる]
「俺はレアモノコレクターの走りが、盗んで放火したと見るがね」
[とりあえず、韓国の知人に連絡しておいた。まずはそっちへ飛んでくれないか。それと、今回の依頼は企業じゃない。詳しくは明かせないが、個人からのものだと思っていい]
「ギャラは安いってことね。・・・500!」
[悪いんだが、200でやってくれ。それを超えるようなら、依頼人も諦めると言っている]

「すると、依頼人は300まで出すってことか・・・」
 俺はイリジウム携帯をカーバッテリーにつないだ充電機に下ろした。助手席のホワンは先刻の金型がよほど惜しかったのか、唇をとがらせて窓の外を向いたきり、一言も口をきこうとしない。
「ホワン、次は韓国だ。1日休みやるから、南大門でもどこでも行っていいぞ」
「コリア?ふうん・・・」
 返事は素っ気ないが、ホアンの口元に笑みが戻ったのをバックミラーで見て、俺はふと「子供でいいな」と思う。

 残念ながら、韓国に糸口は残されていなかった。かつて生産を請け負っていた工場はとっくの昔に廃業し、従業員や当時の事情を知る者は各地に飛び散っていた。俺は出来る範囲でシラミ潰しに当たったのだが、誰もみな一概に口が重い。しかも肝心のマスターモデルの存在を知る者も、一人としてなかった。
「きっとみな、ブートレグ作ってたね」ホワンが言う。
「そんな事は分かってる。ただ、マスターがこの国にあった可能性は薄いな。もし残ってるなら、こんなものは作らんだろう」
 安ホテルのツインルームを埋め尽くすほどの数の、ホワンが韓国中の玩具屋を探し回って集めたガンダムの海賊版玩具の山に、俺は蹴りを入れた。ガンダムは海賊版のアニメが放映されるほど韓国では人気があり、だからこそ今でもその類いの海賊版玩具が多く出回っている。ただ、最も出来が良いと思われるものでさえ、モールドのタルさやエッジの有無から明らかに商品そのものをコピーしていると思われた。
「そもそもマスターをこの国に送るなんて自殺行為だ。海賊版を作れって言ってるようなものだからな。・・・やはり日本で紛失したとしか考えられない」
「じゃあ日本行くか?」
「・・・そうなるかな」俺はベッドに載った玩具の山を床に払いのけ横になった。
「ワンヘス、トイヘス、間に合う。ボク最高にうれしい!」
 隣のベッドで飛び跳ねるホワンを見て、俺はやはり「子供でいいな」と思う。

「えっと、あんたが・・・?」
「末広署の新宮だ」秋葉原と御徒町のちょうど中間にあたる昭和通り沿いのコーヒーショップで、背中合わせに座ったスーツ姿の男が答えた。
「警視庁って聞いてたけど」
「2年前に配属変えになってね。理由は分かるだろう?」
 俺は新宮と名乗る男から、肩越しに大き目の封筒を手渡された。中には新聞の切り抜きのコピーらしきものが数枚と、手書きの文字でびっしり埋められた数十枚ほどの書類の束が入っている。それは昭和56年に起こった静岡工場放火事件の警察内部資料だった。
「まぁ、こういう事してくれる人だしね」俺はざっくりとその文章に目を通す。
「当時の事件については私も知識がない。だから残っている資料だけ集めさせてもらった。件の少年、まぁ当時は子供だが、犯人である柴田康平については平成2年以来の足取りが掴めなかった。要するに行方不明ってことだ」
「ん?今って平成何年?」
「・・・12年」
「あっそ。悪い、海外ちょっと長いもんでね、すぐに忘れちまう。それと謝りついでに、お礼の方は店長に直接頼んで欲しいんだけど」
「そう聞いている」立ち上がりざまに言い残すと、新宮と名乗る男は足早に店を出て行った。
 俺の向かいでホワンが顔を隠していた雑誌を下ろした。ご丁寧にサングラスまでしている。
「すごいー、なんか刑事ドラマみたい」
「・・・俺たち、犯人役なんだけどね」俺は呆れる。

 資料によれば、放火事件の際、警察は現場近くの路上で立ち尽くしていた柴田康平(当時8歳)がライターを所持していたことと、犯行時に負ったと思われる火傷が発見されたことから容疑者として確保。事情聴取の末に柴田少年が自供したため、少年法の手続きに則って東京都家庭裁判所に移送後、書類送検された。判決は記載されていないが、おそらく本人に対する処罰は無かったと思われる。親が賠償金を払わされてカタが着いた、そんなとこだろう。
「人が殺されてるのに、なんで罪にならないか?」
「まだ子供だよ。判断能力に欠ける子供の罪は、親が罰を受けるのが当然ってこと」
「それ、親が気の毒」
「その親、どうなったか分かるか?」
「悪い想像しか思い付かない」
「たぶん正解だ。親は莫大な借金を作り、父親は事件から5年後に死亡。母親と息子は仙台の実家へ戻り、その後破産宣告を受けて債務を逃れているが、母親も平成元年にこれまた死亡している。息子が蒸発する1年前ってことになるかな。それより、もっと面白いことがある」
「面白いって、それ良くない。仮にも人の生き死にに関わることだから。ボクそういうの好きじゃない」
「悪いけど、これは面白いよホワン。子供だったせいでマスコミには公表されていないが、この犯人、どういう人間だったと思う?こいつガンダムの・・・」
 と、突然耳をつんざくようなブレーキ音と共に、俺の真の愛車である2CVが急停車した。スピードはそれほど出ていなかったものの、シートベルトをしていなかった助手席の俺はダッシュボードにこっぴどく鼻っ面をぶつけることになった。「そんなに聞くのが嫌なのかよ・・・」
 すると、運転席のホワンは何やらわけの分からない言葉を口にしながら宙を仰いでいる。その視線の向こうには、2階部分が完全に焼失したらしいアパート風の建物があった。反射的にカーナビの画面を覗き込むと、そこが目的地であることを示す赤い光点が点滅している。
「これ、まさか・・・」ホワンは呟きながら胸で十字を切った。

 俺たちは自力で放火犯・柴田康平の足跡を掴んだ。柴田は失踪以前から同人誌活動をしており、定期的に行われるイベントの際には同人仲間を頼って上京をくり返していた。母親の死後は東京に移り住み、現在までその活動を続けている。去年の暮れに発行された同人誌の奥付には、柴田の住所がご丁寧に記載されていた。「発行人・四葉康平」という偽名を用いて、だが。
 その情報は意外なところで得られた。それは放火事件の被害者となった警備員・蓮沼豊の妻、めぐみからだった。彼女の息子もまた、去年の夏に突如として失踪したという。そして息子の部屋で失踪の手がかりを捜すうち、柴田/四葉康平に関する独自の調査を記した資料を発見したらしい。電話口で彼女は、同時に息子である蓮沼亮を捜して欲しいと涙声で訴えた。
 ちなみにどういう悪意か、はたまた贖罪の行為なのかは定かではないが、柴田が参加していた同人サークルは「ガンダム研究」がメインテーマだった。

 柴田が住んでいたアパート跡は、道路に面したわずかな範囲をビニルシートで隠されてはいるものの、ほとんど出火当時のまま放置されていた。1階にはまだ生活の形跡も残っている。隣家の話では、立ち退きに関するトラブルのために取り壊しできないのだという。
 そこへ、俺の携帯電話の呼び出し音が鳴った。
[調査は中止してくれ]
「どういう事だよ!?これから面白くなるって時に!」
[費用が底をついたんだ。例の刑事が100万要求してきたんだよ。韓国から日本への旅費も含めて、そっちにもこれ以上カネはかけられない。今すぐ調査は中止だ。ボランティアでやるってんなら、話は別だがな・・・]
 ようやく迷宮の入口に到着したところで、俺たちの宝捜しはその電話一本で終了した。

 アパート跡からさほど遠くない河川敷で、俺はシートを倒して天を仰いでいた。隣の助手席では、ホワンが近くのコンビニで買って来たというガンダムのプラモデルを組み立てている。もちろんリニューアル版の方だ。
「できたよホラ」そう言って差し出されたそれは、俺が知っている旧版より数倍見栄えの良いものだった。
「これでいいじゃん、これで。・・・なぁホワン、これと世界に一つしかないチタン合金のガンダムと、どっちがいい?」
「もちろん、カッコイイのはこっちね。チタンのガンダムも欲しいけど、でもオス型じゃ量産できない。それじゃ意味ないよ」
「お前って本当に価値観がはっきりしてるのな」
 俺は寝返りをうってホワンに背を向けた。落ち着こうとすればするほど、逸る気持ちを抑えられない。
「タイチ、これはビジネスだよ。トレジャーハンターは振り返らない、それが鉄則ね・・・」

<馬鹿野郎、これが振り返らずにいられるか。俺にはこれが面白いんだ。そう、俺は人間を追い掛けるのが好きなんだ。追い掛けた先にあるものなら、たとえそれが何だろうと俺にはお宝なんだ。四葉康平と蓮沼亮・・・面白い、面白いじゃねぇか。
 そして俺は今、自分が子供に戻っていることを実感する。宝捜しなんて、ガキじゃなければやってられない。

[この物語はフィクションです]


BANDAI / 1/144 Plastic Model "GUNDAM"


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