No.36/Vol.37 「おもちゃのくに」

 自分でも、よく高校卒業できたなーって思うよ。
 兄貴が中学浪人して、二年目にスベり止め受かって、でもそこも一年の二学期でヤめてっからさ。親の期待が一気に俺に集中してたんだよね。兄貴はいいやつなんだけどダメ人間だったからさ。オレは中学んときハンドボールで割といいとこまで行ってたから、水球の奨学生で雇ってもらったんだけど、一年の冬休みに種子島の合宿でドジったんだよね、右肩のじん帯。オレ的には全然オッケーだと思ってたんだけど、なんか医者に再起不能って言われて。だってもう春のインターハイとかもレギュラー決まってたのに、はいおしまいって感じで終わっちゃったんだよね。
 学校からのスポーツ援助金は打ち切られたんだけど、代わりに練習中の事故ってことで安全会補助費っていうの?なんかそういう保険金みたいなのがもらえるようになって、顧問の先生もがんばってくれて普通科になったんだけどさ。どんなにチャラっぽい連中よりもアタマ悪かったんだよね、オレ。それに勉強すんのに目的っつーか、そういうの見つけらんなかったし。だから毎日学校ヤめることばっか考えてた。でも、結局人並みに卒業してんだよね。なんか逆にかっこ悪いっつーかさ。
 同じように落ちこぼれている連中も探せばけっこういたから、そいつらとつるんでれば暇だけはつぶせたよ。学校ヤめるのに抵抗なかったから喧嘩も退かなかったし、オレもほら、元々努力できないタイプじゃねーから、必死にギターとか覚えてバンドも、まぁマネゴトだったけど、ちょっとだけやった。髪染めてライブとか出れば、女にも不自由しなくてさ。そうこうするうち、なんかあっという間に二年経って、学校は卒業、バンドは解散。なんか追い立てられるって感じだったな。なんにも残ってなくてね、周りに。家にも居づらくなって、勘当されてた兄貴頼って家を出たんだよね。

 兄貴もフリーターだから、とりあえずオレもプーかます余裕なくて、セコいバイト色々やってたんだけど、ちょうど兄貴のアパートから近いビデオ屋でバイト募集してんの見つけたんだよ。レンタルじゃなくって、中古とか安いセルビデオの店で、夕方五時から深夜三時までの十時間で日給八千円って書いてあって、あーいいじゃんって。履歴書とかいるのか?って聞こうと思って店入ったら店長がいて、すぐ来て欲しいって言うから、結局その日から働いた。ちょっとヤバいかなって思ったけど、客とか少なそうで楽そうだったからさ。実際、その読みは半分当ってて、半分は外れてた。どっちも悪い方に、だけど。
 その店って表向きはごく普通のビデオ屋なんだけど、裏にはマジな裏ビデオ屋が隠されてんのね、会員専用の。客が会員か非会員かを見分けて、会員だったら裏へ通すのが店番の仕事なわけ。顔見知りならいいけど、知らない人間とかだったら、笑うかもしんねーけど「トイレはどこですか?」って暗号があって、それを聞いたら従業員専用って書いてある裏の部屋へ入れんだよ。中には個室もあって、まぁそんなとこ。個室は別料金だったけどね。
 仕事はそれだけじゃなくて、その店は通信販売もやってて、普通のAVとか大人のおもちゃとか、もちろん裏ビデオもやってたよ。FAXとかインターネットの注文をまとめて「本部」ってところに報告して、「本部」から届いた品物を個別に分けて発送すんだけど、これがもう不景気だってのに流行ってて、注文とか多い時で1日百件ぐらいあった。店の在庫の管理もあるから、ほとんど休憩とかする時間もないし。最初のうちは店長も一緒だったから良かったけど、オレが仕事を覚えると滅多に店に顔を出さなくなってさ。やっぱアッチ関係の人で、「どんぶり」って言うの?全身に入れ墨入ってて、暑くなってもずっと長袖着てるような人で。オレも本物見せてもらえなかったけど、実は店長本人が出てるビデオで見ちゃったんだよね、すっごいの。

 工場のこと知ったのも、その店でなんだよね。ぜんぜん毛色違うけど。
 店の通販で扱ってる『愛・透けるくん』ってのがあって、言っちゃえばバイブなんだよ、大人のおもちゃの。形は割とシンプルっつーか変なイボとか付いてないやつ?で、ぶっといソーセージみたいな形してんだけど、全体が透明なんだよね、色つきの透明。そんで中のモーターとか見えんだけど、ちょっと見これがファンシーっぽいっつーか、なんか女に人気あったらしい。色とか何色もあって、けっこうどれも人気あった。青が一番売れてたかな?
 それ、作ってるのウチの店だったんだよ。店のオリジナルっつーか、ウチで作って卸したりもしてた。他でも出してるんだけど、ウチのだけはツートンカラーなんだよ。店長がアイデア出したみたいだけど、『愛・透けるくん』って名前付けたのも店長なんだよね、笑うよな。
 ちょうどその『愛・透けるくん』の黒バージョンが出るって時に、店長に頼まれてそれ作ってる工場に行くことになったんだよ。試作品が遅れてるから急かして来いって言われて、そんで初めてここ来たんだよね。そう、それがここだったんだよ。同じ「おもちゃ」作ってんだから、よくよく考えてみれば不思議じゃないんだけど、普通は知らないじゃん、子供のおもちゃと大人のおもちゃ、同じ工場で作ってるってさ。まぁ最近じゃあ子供のおもちゃ作る方が少ないんだけどね。

 ちょっと話戻るけど、その店でバイト始める前、オレ実はおもちゃで食ってる時期あったんだよ。つっても、限定品のおもちゃ買って来て、それ高くで売り付けんだけどさ。兄貴がやっぱおもちゃ屋でバイトしてて、買い取ってくれんだよね。だから限定品とか並んで買いまくったよ。女ダマして一緒に並ばせたりとかして。Tシャツとか時計とかにも並んだなー。それは別の女に頼んだりしてね。同じ日に違う場所で2つ限定品出たことあって、そん時はけっこう焦ったよ。
 で、最初ここ来た時すげえって思ったのは、工場の脇にゴミ捨て場があんだけど、そこに試作品とか捨ててあんだよね、おもちゃの。本当は業者が持って行くもんだからホイホイ捨ててあるわけじゃなくて、実際は置いてあるだけなんだけど、たまたまオレが行った時にあったんだよ。しかもすげえプレミア付いてる限定品の、更に試作品。マニアだったら狂喜するようなやつだから、思わず何個かポケットに入れたよ、内緒だけどさ。他にも色の着いてないやつとか山ほどあって、絶対またここ来ようって思ったもん。実際また来てるわけだけどさ。
 その時は専務と少し話して、その頃はまだ常務だったんだけどね、なんかトラブってるような話になってたんだよ。カタ屋っていう、金型作る職人さんとか来てて、すったもんだやってて、ウチの『愛・透けるくん』どころの騒ぎじゃなかったんだよね。そっちはその日に納品するはずの品物が全然できてないって話だったから。オレも店に出る前に寄ってたからケツカッチンだったんだけど、なんかその時、あぁ面白いなって思ったんだよね。けっこうみんないい歳なんだけどさ、なんか真剣におもちゃの話してんのが、面白いなって思った。

 結局その日はそれで帰ったんだけど、またすぐ後に来ることになって、そん時はゴミ無くてちょっとがっかりしたんだけどね。ちょうど昼どきだったせいか事務所に誰もいなくて、初めて工場の中に入ったんだよ。もう辞めちゃったんだけど杉さんって人がいて、一人っきりで抜きの作業やってた。今考えるとものすごい型こなしてたんだけど、なんかアンダーに入りまくった型で、抜き口が型の底にあるみたいな、オレだったら絶対抜けねーって突っ返すようなやつをやってたんだよね。
 その時、杉さんに色々教えてもらった。もちろん基本だけだけど、ターンの仕方とか、目付けのタイミングとか。ソフビを焼く時にどれくらいの厚みで焼くかってのを目付けって言うんだけど、型や材料によってそれって全然違うから、例えば同じ型で同じコバ使ってても、赤と黒じゃ全然焼ける時間が違うし、抜けるように微妙に厚みを変えたりしなきゃいけないしね。杉さんはそのへん全部分かってたな。昔のやつ再版する時とか、焼きのタイミング全部覚えてるんだよね、フライパンごとに。材料変わっても大体の判断で全部出来ちゃうんだよ。
 透明ソフビってあるじゃない?あの透明の材料って型に食い付くんだよね、可塑剤増やしてるから。梨地の型だったらある程度平気だけど、光沢の型だとまず完全にくっついちゃうんだよ、内側に。しかも透明度を上げたいからできるだけ薄く目付けするんだけど、そうするとちょっとしたアンダーでも引っかかって無理に抜こうとすると破けちゃう。もちろん慎重にやれば抜けないことないし、実際ウチでも抜く時に材料を温め直したりとか色々やってるけど、それだとどうしても行程に時間かかっちゃうから。ウチみたいな数やっていくら、の世界じゃ時間かけられないんだよね、本当に。
 そのへんも杉さんは上手かったなぁ。メディコムさんの品物で透明のエイリアンとプレデターってあるんだけど、それも杉さんが手本やったって聞いたしね。あのプレデターの髪の毛とか普通じゃ抜けないよ。オレも教わったんだけど、目付けと本焼きの間の時間の問題なんだよ、実は。詳しいことは企業秘密だから教えられないけど。
 店を辞めてここに来たのも、ほとんど杉さんに憧れて入ったようなもんかな。もちろん社長や専務も好きだし、出入りしてる業者さんとか、依頼してくる人にも嫌いな人はあんまりいないしね。ちょっと苦手なのは、「これで一儲けしてやるぜ」みたいなノリのとこ。もうおもちゃとかフィギュアとかって、そういう世界じゃないじゃん?ウチも生産は中国に回したりしてコストダウンするようにしてるけど、やっぱ良いものは当然カネもかかるわけだし、そういうの分からないお客さんは困るよ。
 ブームが一段落したせいで、さすがに最近は仕事も少なくなって来てるけど、ウチはおかげさまで今年で創業60周年で、幸いにもお得意さんが大勢いらっしゃるし、それに作るものは毎回違うわけだから、毎回新鮮な気持ちで仕事できるし、勉強もさせてもらってるしね。それ以外にもダイオキシンのこととか、そういう環境問題も含めた新しいおもちゃの作り方みたいなのも研究しなきゃいけないし、やるべきことは沢山あるって感じかな。

 オレもこないだようやく担当つけさせてもらって、初めて原型から生産まで一括で仕事させてもらった。ちょっとワケありで、あんまり表には出せないモノなんだけど、割と良くできてると思う。兄貴の知り合いの原型師の人に頼んだから、けっこう似てるんだよね。難しい仕事じゃなくて、まぁ初めてのローテーション型だったから不安だったけど、うまく行ってると思う。もうちょっと塗装の方をいじろうと思って、今は肌色のボケマスクの型起こしてるとこ。最終的にはこれより数段良くなるはずだよ。
 もちろん最終的にはお客さんが満足するものが一番なんだけど、その前にまず自分が満足したいし、それが自分の誇りにつながるんだと思ってる。普通の人だったら何気なく見過ごすようなところにも、オレらの努力とか工夫みたいなのがちゃんと盛り込まれてるから。だから、同じ業者が見たらびっくりするようなのってのが理想ではあるよね。って、このへん全部杉さんの受け売りなんだけどさ。
 杉さんは6月のはじめに脳梗塞で入院して、息子さんたちの勧めでそのまま会社は辞めちゃったんだけど、またリハビリして戻って来るって約束したから、その時までにオレは杉さんがやってたことを全部マスターしてやろうって思ってる。「もうあんたなんか必要ないよ」って言ってやりたいよね、ぜんぜん自信ないけどさ。

[この物語はフィクションです]


The custom heads for 1/6 Dolls


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