唇の痕

ガンダムの顔にある「へ」の字が、ずっと気になっていた。鼻の下、口のあたりにある2重の逆V字型のモールド。いや、3重のもあれば、V字じゃないのもあるし、そもそもあれが無いガンダムも多いけど、それはガンダムという「種」の多様性のなせることで。基本的にあれがあれば「ああ、ガンダムだな」と思えるから、重要な記号の一つであることには違いない。バルディオスもほぼガンダム。
じゃあ、あれは一体何なのか。放熱スリットとかの設定でなく、あれがあの位置にある意味は何なのか。

RX-78頭に合わせてアレンジを加えています。

RX-78頭に合わせてアレンジを加えています。


あの「へ」の字は、「唇」の名残りであると一般的に認知されている。
ガンダムが『ガンボーイ』と呼ばれていた初期案の顔は[A]で、まだガンダムの意匠はまったく出現していないが、続く[B]においては後のガンダムの要素がほとんど出揃うことになる。大きく異なるのは、兜の下に鼻と唇までが造形的に表現された人面があることだ。これは別に不思議なことではなく、前作のダイターン3を踏襲したものであり、前々作のザンボエースから繋がるシリーズとしての一貫性ともいえる。

その後の調整によってこの唇はマスクで覆われ、最終的な決定デザインとして[C]に落ち着き、件の「へ」の字がここで出現する。
[B]から[C]への変遷のみを辿ると、この「へ」の字が唇を示す線の要素をマスク上に再現したものと見て取るのはたやすい。試しに[C]への変遷とは逆に、鼻部分だけを覆った架空の段階[B’]を想像してみると、逆相としてのマスクの形状と、そこにおける唇の位置関係が確かに見えてくる。

だが、実際そうなのだろうか。そう思えて仕方ないのは、当時販売されたクローバーの玩具の顔が、決定デザインと異なる[D]だったからだ。このマスクに「へ」の字がない顔はクローバーのすべての玩具で採用されていて、パッケージイラストも起こされているので、デザインの読み違いとか解釈の違いといったものではない「クローバー決定稿」的なものといえる。元々は[B]で進んでいた玩具の開発図面にマスクの境界線を描き込み、唇を消したもので、画稿としては存在していない(はず)。
[D]の特徴は鼻を完全に露出させていることで、そのためにマスクの上端が鼻を避けるように削られている。そしてこの削られた部分に現れたマスクの厚みを示す二重線が、「へ」の字に酷似していることに気付く。
つまり[D]のマスク上辺の鼻を避けるようにジグザグに波打ったラインを、大河原デザインの鼻の先端部を隠すラインに沿って修正した時に、ジグザグの線の名残りとして残されたのが「へ」の字であるとするなら、それが示すのは明らかに「鼻」の下の線である。これも推測だが、先行していた玩具のデザインにすり合わせるために、この「へ」の字を残さざるをえなかったのかもしれない。

近年の、様々な作品群で描かれたガンダムという「種」の交雑が進んだ[C’]における「へ」の字が、マスク中央のC面化に伴ってより唇に近い形状の逆U字型になる一方で、小顔化が進む中でどんどん眉間に近づいて行き、もはや唇を連想できる位置に存在しないことから、一度定説を翻して「鼻」として捉えて機能させてみてはどうだろうか……

……とまぁこういう風なことを、『〜鉄血のオルフェンズ』のコンペ参加依頼を受けた頃に真剣に考えたりしてました。長々とすみませんね。オレもう本当に自分でも呆れるほどガンダム語り出すと止まらなくて。これでもSDガンダムのこととか削ったんですけどもね。
で、この絵もその時描いてたものなんですが、意外とこの「へ」の字を「唇」と認識できない人もいるらしく、現にオレの母親がそうで、「どうしてガンダムはベロを出しているのか。かっこわるい」と常々申しておりました。要するにアゴの赤いの、オプチカルシーカーを舌と見ているということは、当然そこが「口」だと認識してたわけで。なんだかなぁとは思いつつ、それが果たして間違いなのかどうか検証しつつ、ガンダムを描く上でこの「クローバー決定稿」への考察をないがしろにはできないと考えたわけです。まぁ実際のところ「クローバー決定稿」をアップデートしていくとガンダムレギルスみたいな顔[E]になると思うんですが。

というわけで先日発表になりましたが、不肖シノハラ、遂にガンダムをデザインいたしました。アーケードカードゲーム『ガンダムトライエイジ』専用という枠ではありますが、自由度や責任の重圧的にも非常に相応しい場をご用意していただきまして、感謝の限りでございます。というか、方眼紙に描いた三面図から座標を拾って、数値入力でRX-78を作ろうとしていた、18、19のころのオレに真っ先に教えたい。「30年後にオマエは3DCGのアーケードゲーム専用ガンダムをデザインできるぞ」と。

こんなチャンスはまたとないでしょうから、最初で最後の俺ガンダムという意気込みで、己のガンダム人生を賭けて全力で描いております。つってもオレの全力なんてたかがしれてますから、他メディアへの進出とかプラモデル化なんてのは夢のまた夢の世界の話ではございますが、どうか皆様の寛大な御心で育んでいただけましたら幸いです。つーか正直もう死んでも悔いはない。